5月 15

2010年から、私のゼミで関口存男の冠詞論と取り組んできた。不定冠詞論から始めて、定冠詞論をこの4月に読み終えた。
 この世界一の言語学から学んだことをまとめておく。
 
1.名詞がすべてである ― 関口冠詞論から学ぶ ―  中井浩一
2.判断の「ある」と存在の「ある」との関係 中井浩一

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名詞がすべてである ― 関口冠詞論から学ぶ ―
         中井浩一

目次
1.関口存男の冠詞論と闘う
2.定冠詞論のむずかしさ
3.冠詞論とは名詞論である
4.名詞論としての定冠詞論
5.名詞が抱え込んだ矛盾
6.附置規定の主述関係
7.言い換えにおける名詞の分裂
8.名詞の発展の3段階
9.名詞こそが運動している
10.関口の生き方 →本日5月15日

                                     
10.関口の生き方

私は、関口の本当の凄さがよく出ているのが、「第三章 温存定冠詞(概論)」の以下の文章だと思っている。ただ一人で人跡未踏の新大陸にいどむ、そんな男の姿がここにある。

 「意味形態はもちろん決して万能ではなく,辞典の隅から隅までを”空理“で割り切ることはどうせ不可能かもしれない。いわんや一個人が限りある時間を以て無限の言語現象に画するに於てをやである。けれども,たとえどんなジャングルであるにしても,主な方向にむかってせめて数本の大道を拓き,問題を提起し,研究慾を刺戟し,メトーデとしての意味形態論のために将来を開くことはできないものか?
 次章以下の温存定冠詞各論は,そうした意味から企てられた二三の試みであると思って頂きたい。(中略)此の温存定冠詞というものに限って,全部を意味形態論で割り切ろうなどとは夢にも考えていないことを謙遜に附記しておく。いわんや筆者一人の研究を以てするにおいてをやである。筆者は温存定冠詞という現象が存在することを指摘しただけであって,その充分な研究は将来に俟つべきものと思っている次第である」(784ページ)。

 関口は、ただ一人で人跡未踏の最高峰へといどんだ。自分が倒れた後を、後世の人々に託して。託されたのは、私たちである。(2013年4月25日)

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