8月 31

2016年の秋には、初めて仏教を学習した。『摂大乗論』に関する卒論の指導をする必要があり、
仏教に向き合わざるを得なくなった。そこで考えたことをまとめておく。

■ 目次 

「悟り」の根本矛盾 (仏教を考える)

※前日からのつづき
2.仏教とユダヤ教・キリスト教
(1)言葉への不信
(2)人格神の意味 内的二分と外的二分の関係
(3)「悟り」の矛盾 3段階の発展 
3.比較宗教学、比較思想
(1)比較思想の難しさ
(2)『ゆかいな仏教』は自由にしてくれる
(3)宗教と哲学や科学とは何が違うのか

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「悟り」の根本矛盾 (仏教を考える)

2.仏教とユダヤ教・キリスト教

私は仏教について考えながら、常にユダヤ教とキリスト教、その旧約と新約と比較していた。
私が多少は知っており、強い関心を持っているのがイエスとその弟子たち、そこから生まれたキリスト教だからである。
また、2015年の秋から半年ほどかけて旧約と新約を読んで考えていたから、私にとってはそれは当然のことだった。

(1)言葉への不信

両者を比較して、すぐに気づくのは言葉への信頼の違いである。
仏教の言葉への不信はあまりにも激しく極端である。それに対して、ユダヤ教・キリスト教では言葉を基礎に置いて、
それが大きく揺らぐことはない。「始めに言葉があった」として旧約が始まっているほどだ。
これはどういうことなのだろうか。
ユダヤ教やキリスト教では、神は人格神であり、神と人間との関係は「契約」関係である。
それは言葉によって確定され確認される。旧約を読んでいるとそれがよくわかる。ユダヤ民族と神とは契約をし、
その契約を相互に守ることでその関係が成立する。それはすべて言葉によるもので、神から示される十戒の内容は、
文字として刻まれた石板が神からユダヤ民族の指導者であるモーゼに示される。また、モーゼは実によく、神と交渉する。
それはすべて言葉によるものだ。
それには相互の愚痴や怒りなどまで含まれるが、実にこまめに言葉でのやりとりがある。
神はユダヤ民族を愛するが、一方でよく怒り、ユダヤ民族を殲滅しようとさえする。
それをモーゼはなだめすかし、必死で思いとどめようとする。すべてが言葉によるものである。
言葉、言葉、言葉。神と人間とは相互理解をしなければならず、それには言葉で交渉する以外にはない。
そこでは言葉に掛けるしかない。言葉への不信などと言っている余裕はない。
仏教ではそれがまったく異なる。そこには人格神としての神は存在しない。
したがって、言葉による人間と神との契約や交渉は不可能であり、不必要であり、そのために言葉を軽視、否定することもできる。
この違いは重要だと思う。

(2)人格神の意味 内的二分と外的二分の関係

もちろん、仏教でもすべての人間には仏性があることになっており(つまり内的二分)、仏性を神と考えることもできる。
世界は縁起で成立しており、それは神が世界を作ったと説明しても良いだろう。しかし、それは人格神ではないし、
神と人との関係のあり方には決定的な違いがある。

旧約と新約では、神は人格神であり、人間はその神と、人格同士として契約や交渉が可能だし、それが不可欠である。
それは何を意味するのか。神は人間の外に実在し、人間とは外的に向き合う(外的二分)のだ。
もちろん、神との対話は人間一人ひとりの内面においてもなされる(これが内的二分)のだが、他方でその関係は、
徹底的に外化されてもいる。内的関係でも外的関係でも言葉が必要だが、外的関係では特に重要である。
この内化と外化の関係は相互関係であり、1つの関係の2つの側面であろう。自己内での神と自己との対話、
つまり内的二分は、外的にも神と自分たちユダヤ民族との契約や交渉の中で確認される。逆に外的な契約ゆえに、
神との内的関係は保障される。それは客観的で社会的な保障である。また、ユダヤ民族内でも指導者と民衆とは、
神との契約や交渉をめぐって言葉によって伝え合うしかなく、時に激しい議論も起こる。
この内化と外化の関係は、新約においても変わらない。内的な信仰は、外化された根拠を必要とする。
イエスの言動、人生の経緯が注目されるのは、神との関係は外化されるとの考えの結果でもあるのだ。
イエスの人生が悲劇的であり、ドラマ仕立てであり、復活を含む数々の超常現象や奇跡物語が、
キリスト教成立にはどうしても必要だったのは、そのためだ。
もちろんユダヤ教とイエス(キリスト教)との間には大きな違いがある。イエスは神との契約の条件を、
ユダヤ民族への限定から人間一般へと拡大した。それは特殊性を排除し、人類と神との関係の普遍性を保障し、
その内的二分と外的二分の関係を純粋なものとした。
しかし、こうした大きな違いはあるが、両者の神は人格神である点で同じである。
この点で仏教はまるで違う。仏教では、人格神は存在しない。神(仏性)と自分の関係は内的なものに止まり、
外化され確認されるものではない。外化することでの保障の必要を認めない。だから、言葉や表現は重視されない。
イエスと比較して、ブッダの人生にはおよそ、激しさや奇跡物語めいたものはない(少ない)。
ブッダの人生の個々の場面が重要ではない。外化が問題にはならないのだ。ブッダはあくまでも人間であり、神ではない。

これは仏教の方が内面性を深めているように思われるかもしれないが、実際は逆であろう。
内的二分と外的二分との両者が一つであるとするならば、神の意志が外化されているはずの現実社会から逃げることは
許されない。そこに不正があるなら戦うしかなく、それは現実との対立を深め、弾圧を呼ぶだろう。
そしてそれゆえにまた内的な葛藤や分裂はいっそう激しくもなるだろう。矛盾は外界にあるだけではなく、
ユダヤ民族内部でも、個人の内面でも激化するだろう。

仏教では、そうした外化を求めず、必要としない。しかし、それは建前であり、大衆において外化と客観的な保障
(功徳やご利益など)を求める力は大きく激しい。仏教もそれを押しとどめることはできず、
次第にその力に屈服していったように思われる。それが仏像であり、輪廻の教えであり、多数の仏、浄土、念仏であり、
密教であるように思う。
こうした方向は、決して大衆からの要請だけではない。本来、外と内とは一つであり、外を無視・軽視すること自体が
間違いなのである。したがって、外化や客観化はそれが発展する上で、必然的な方向なのだ。
しかし仏教は原理的にはそれを求めないのだから、かなり不自然な形とならざるを得ない。
 たとえば、仏教のわかりにくさは、そこにブッダ以外に、多数の菩薩や如来が存在することだ。それは何か。
すべての真理への道と同じく、仏教にも師弟関係と弟子相互の関係がある。そこでの真理性には客観的な保障、
つまり悟りが本物が妄想かの基準が必要である。そしてその保障とは師弟関係の継続性、永遠性の中にしかないだろう。
 歴史的な師弟関係の継続性こそが、その真理の客観性(それが主観的な妄想ではない)、永遠性、発展を保証する。
しかし内的な保障を外的な関係の中に求められないなら、それに代わる絶対的なシンボルが必要になる。
それが仏教における多数の仏や菩薩らの群れであり、壮大な曼陀羅の世界なのではないか。
 これに関連して言うと、ブッダが「独覚」したとされるのはおかしい。ブッダの悟りは、彼に先生がいなかったことを
意味しない。ブッダにも当然師がいた。ただ彼は師を超えた、それも大きく超えたのだ。
ブッダをそれ以前と切り離そうとする無理が、その世界観に歪みを与えていると思う。
 キリスト教が、教会に絶対的な意味を与えているのは、この師弟関係の絶対的価値を求めるからである。
しかし、それが疑似的に外化されることはない。それは三位一体の理論に付け加えられるものはないからだ。

(3)「悟り」の矛盾 3段階の発展

 そうした大きな違いを確認した一方で、私は両者がやはり根本的な点で一致していることにも驚き、
その意味の大きさ、深さをかみしめることになった。
それはヘーゲルの矛盾の捉え方であり、3段階からなるその発展観である。
その考えは、仏教においても貫かれているように思った。

ブッダの人生は、次のような展開を示している。

 1)現実社会への絶望
 ↓
 2)ヨーガの教団で修行
 ↓
3)悟り(現実世界を全体の相関関係でとらえる)中道の自覚

4)49日間の悩み
悟りの内容については何も語ることなく一人生きるか、世間に布教するかで悩む
  現実社会に戻ることを決意(発心) ブッダがブッダになった時
 ↓ 
5)布教活動(現実社会に戻る)

ブッダは人間や社会の現状に絶望し、悟りを求めて修業した。そして35歳の頃に悟ったとされる。
しかし彼はその段階で大きな問題にぶつかり、49日間そこに止まった。悟りを自分だけのものとして終わるか、
それとも人々にそれを教え広める活動をするか。言葉は不十分であり、布教活動には必ず誤解やズレ、
人々の対立が引き起こされる。それをどう理解するか。
ブッダはその矛盾を引き受ける決意をし、布教活動を始め、80歳で亡くなるまでの50年近くを、人々の救済に身をささげた。
そこには、言葉は不十分なものだが、その言葉でしか伝えられないという大きな矛盾を自覚しつつ、それを受け入れ、
それと対峙していく覚悟と勇気と忍耐があったはずだ。その悩みの深さと覚悟や勇気がどれほどのものだったかは、
彼がその後亡くなるまでの50年間、うまずたゆまず、布教し続けた姿にはっきりと表れていると思う。
しかし、ブッダがその矛盾とどう向き合い、どう解決したのかは、本人が語ることはなかったようだ。
原始仏教の経典にはほとんど書かれていないと思う。
ブッダの教えは中道の教えだと言われる。しかしそれを足して二で割るような方法や、
バランス(これは偶然性の立場の言葉)として理解するのは、まったく彼の真意から外れるだろう。
中道の教えの対象も、世俗の現実世界と悟りの世界との矛盾としてだけとらえると違うだろう。それは何よりも、
内的にも外的世界でも分裂・対立・矛盾の自覚であり、そこから逃げないで踏みとどまり、それを克服していくように
との教えではないだろうか。言葉の不十分さ、それゆえの仲間同士での誤解や対立、この現実社会との対立が
避けられないことを自覚しつつ、その中に踏みとどまり、その改革に当たっていくという覚悟と実践。
繰り返される失敗と挫折を引き受け、それをも踏み越えて進む覚悟と実践。それがブッダの中道という教えだと思う。
それは静的で受動的なものではなく、動的で能動的な激しい生き方である。
しかし、彼の弟子たちは、その生き方をブッダの深さで理解することはできなかったので、小乗仏教と揶揄されるようになり、
それを克服するために大乗仏教が生まれ、中観派の「空」の思想が生まれ、唯識が生まれたのではないか。
 ブッダは、世界の根本的な矛盾を見ていた。その矛盾に耐えられない場合は、いずれか一方を取って他は切り捨てる
ことになる。ブッダは矛盾に耐えよ、そこで耐えて仕事をせよ、それが生きることだ、と伝えた。
 小乗では、その理解が浅かった。
 それに対して、大乗仏教が生まれた。
中観派の空は、ただの否定ではない。世界を存在するとも、無であるともしない。
その矛盾の中で、矛盾のままに生きることを求めているのが、空の立場である。
これはブッダの中道をより具体化したものだろう。
唯識の三性説も同じである。しかしそれにアーラヤ識の考えを導入することで、これをさらに空間的に全体性としてとらえ、
時間的に発展していく運動としてとらえようとしたのだと思う。
中観派も唯識派も、ブッダが見つめた矛盾を深めた。それが必然的に3段階の発展の形式として現れていくのが面白かった。

ブッダはその前半生で現実社会に絶望し、その後の厳しい修行によって悟りを得た。しかしそこに止まらず、
また現実世界への布教活動に戻った。
ブッダが若い日々に修業したヨーガ教団では、世俗世界に対して、厳しい修行による悟りの世界を対置し、
自分たちは教団内部に閉じこもり、現実社会への働きかけをしなかったのだろう。
しかしブッダはそれに同調できなかったのではないか。それでは聖なる世界と世俗世界とは対立し、
世界は両者に分裂するだけだからだ。この聖と俗との対立・矛盾もまた解決されなければならない。
現実社会には多くの矛盾があり、ブッダはそれに悩み苦しんだが、それらは悟りの地平で解決され、統一される。
しかし、それだけでは真の解決にはならない。それも突き詰めれば、聖と俗とが対立し、世界はより大きな分裂と
矛盾を抱え込むことになる。ブッダはそこに止まることを自分に許さなかった。聖と俗との分裂もまた解決され
なければならない。分裂が解決されないなら、現実世界はそのままに放置され、教団内部の矛盾、
対立もまた解決できないからだ。
ブッダは、現実社会の矛盾、対立の中に必然性と真実を見抜き、それを自他に対して、教団内部にも、
外部の現実社会にも実現していくことを求めた。そしてその運動の中にだけ、悟りの成就があると考えていたと思われる。
現実世界の矛盾、その自覚→悟り→現実世界の矛盾の克服、といった発展過程がここにある。
悟りとは現実世界が真の姿への成就することのための媒介項であり、現実世界が成就される中で、
その1契機となるものなのだ。この現実世界と悟りとの関係は、自然と人間、現実世界と人間の認識、
人間における実践と理論の関係と、本質的に同じなのではないか。
こうした矛盾の自覚と、その克服のために戦い続ける覚悟と実践。それはイエスでも同じだと思う。

イエスの人生は次のように展開する。

 1)現実社会への絶望=ユダヤ教とユダヤ人たちの社会への絶望
 ↓
 2)ヨハネに洗礼を受け、ヨハネ教団で修行  
 ↓
 3)「荒野の試み」
荒野で40日間の悪魔との対峙(すでにヨハネ教団を離れていただろう)
自分の思想を完成する
自分が矛盾を生きる、矛盾を外化させる使命を持っていることを受け入れる
   イエスがイエスになった時
 ↓ 
4)ヨハネの逮捕と殺害の後、布教活動(現実社会に戻る)

5)十字架にかかり亡くなる

ここにはブッダとよく似た経緯があるように見える。
イエスにも、世俗を離れた厳格なヨハネ教団での修行の期間がある。イエスもまたそこを離れ、自立するのだが、
その「荒野の試み」はブッダの49日間の悩みの期間と重なる。
イエスにはヨハネとその教団の教えが、現実社会を切り捨てるだけの抽象的で冷酷なものに思えたのではないか。
新約聖書にはカナの婚礼、イエスが結婚式に招待される明るい場面があるが、それはイエスの道がヨハネの対極
にあることを表現していると思う。
ヨハネは殺害されたのだが、それには有名な逸話がある。ユダヤ王国のヘロデ王が異母兄の妻を奪って自分の妻にした。
その律法違反を指摘し、激しく批判したのがヨハネであった。怒ったヘロデ王はヨハネをとらえて牢に閉じ込める。
殺さなかったのは、ヨハネに対する民衆の信望を恐れたからだ。しかし、ヘロデは娘サロメにそそのかされ、
ヨハネの首をはねさせ、それをサロメに贈り物とした。
こうしてヨハネは殺害されたのだが、これをイエスはどう見ていただろうか。ヘロデ王の問題だけではなく、
ヨハネ自身の欠落部分の結果でもあると、考えていたのではないか。
イエスはユダヤ教の改革を目指したのではないと思う。彼はユダヤ教を徹底的に相対化していた。
当時のユダヤ王国はローマ帝国の支配下にあり、そこはユダヤ王家とユダヤ教の僧侶たち、ローマ帝国の支配者
たちの権力闘争の場であり、民衆はさまざまな矛盾の中に生きていた。
そうした状況を、イエスは理解していた。そして当時の社会の矛盾の中で、少しでも真っ当に生きる生き方を
考えていたのだと思う。政治的、経済的、宗教的な対立と矛盾の中で、その矛盾が、人間社会の、人間が生きる
ことそのものの矛盾であり、人間社会のあり方に含まれる根源的な矛盾であると深く覚悟した。イエスがイエスに
なったのは、イエスがこの矛盾を矛盾として生き、その矛盾を明示することを自分の使命として自覚し受け入れた時
だと私は思う。それが「荒野の試み」だったのではないか。そして、その後、彼は自分の使命を真っすぐに生きた。
矛盾を激化させ、その矛盾が誰の目にも明らかになるように示し、死んだ。
その後、人々がその矛盾から目をそらすことができないようにし、その矛盾と闘うことを使命とするようにしたのだ。
イエスは、最後はヨハネと同じく殺害される結果になった。しかし2人の死の意味合いは全く違うと思う。
イエスは当時の社会矛盾にどう対峙するかを課題としていた。ヨハネにはそうした自覚も問題意識もなかった。
イエスは、ヨハネの考えでは世俗と聖なる世界が分裂し、その克服ができないことを自覚していただろう。
その克服への道を示すのが自分の使命だと覚悟していた。イエスは、ヨハネと自分の違いを自覚し、
自らの使命を受け入れ、それを生き、そして死んだ。
もし誰かがイエスに言葉の矛盾を指摘したならば、彼は笑って答えただろう。「言葉は矛盾をもたらすのだが、
そもそもの人間と現実社会が矛盾しているのだから、その矛盾は矛盾によってしか解決できない」と。
イエスもブッダも、同じようなことを私たちに求めている。しかしそれは厳しい生き方である。イエスですら、
死を前にして動揺し、繰り返し、神との対話を重ねている。そうしなければ自分を支えられなかったのだろう。
そうした厳しさに弟子たちが耐えられない場合、その使命から逸脱し、転落してしまうのではないか。
それが「宗教」なのではないか。

2.比較宗教学、比較思想

(1)比較思想の難しさ

卒論指導は、最初は比較思想の立場からカントと唯識を比較してお茶を濁す予定だった。
『仏教の比較思想論的研究』(東大出版 1980年)の中の東大の玉城康四郎の「カントの認識論と唯識思想」を
下敷きに、実際にカントと唯識を比較して、意見をまとめるという計画だった。
『仏教の比較思想論的研究』は、中村元、西谷啓治、堀一郎、玉城康四郎らを中心に設立された比較思想学会の成果を
基にまとめられている。梶山雄一、末木剛博、鎌田茂雄、上田閑照らの論考も掲載されている。
 この学会は、大学紛争後に設立され、仏教学という学問への反省の上に生まれたらしい。冒頭の玉城による序文を読むと、
その問題意識は伝わってくる。「仏教は長いあいだ独自の領域に閉じこもっていたために、その門戸を排方する
ことが至難である」。
また比較思想という方法の難しさも自覚している。本の原稿執筆は学会の「最長老の諸先輩」にお願いしたが、
その理由は「自らの学問領域に長年専念してきた果てに、おのずから関連の領域との比較が浮上してくる」という
「重厚な一面」があることを若い研究者に理解して欲しいからだと述べている。
比較宗教、比較思想という方法は、対象を他の思想や宗教によって相対化するというものだ。
しかしそこには根本的な矛盾がある。対象が巨大であり、それが体系的なものとなっている場合、
それぞれには明確な立場がある。それらを比較する際には、比較する側に観点が必要だが、それはどのように可能なのか。
2つの思想や宗教を比較する第3の立場は本当に可能なのだろうか。
しかし、そうした立場に立てない限り、観察者の比較はただ表面的で外的なレベルに止まる。
それならばおよそ意味がないだろう。そこにはただ偶然性、多様性があるだけだ。

そうした矛盾についてわかっているはずの玉城だが、その論考「カントの認識論と唯識思想」はあまりにも表面的で
機械的な比較に終始しており、つまらなかった。
西欧思想は西欧社会とその歴史の中で発展してきた。仏教もそうである。カントは18世紀であり、
唯識は4、5世紀である。その時代も社会もまるで違う2つの思想が、どのように比較できるのか。
その問題に、真剣に向き合っているように思えない。その問題で彼の従来の研究が壊されるほどのものがない。
それはおかしいのではないか。
彼は唯識とカントを比較するのだが、小乗から大乗、大乗内でも中観から唯識への発展を考えるなら、
西欧近代哲学史との比較をあえてすれば、中観に対応するのがカントであり、唯識と対応するのはヘーゲルであろう。
事実こうした比較は上山春平が『認識と超越<唯識>』で、『ゆかいな仏教』で大澤真幸が行っている。
2つの思想体系を比較する時、第3の立ち位置があるのだろうか。最初からそうしたものがあるわけがない。
私たちに可能なのは、いずれかの立場に明確に立って、その中に相手を位置づけようと努力することだけではないか。
唯識を西欧思想と比較して意味あることを言うためには、ヘーゲルの立場、カントの立場に明確に立ち、
相手を自分の体系の中に位置づける。または明確に仏教、唯識の立場に立ち、その体系の中に相手を位置づける
ことしかできないのではないか。
そして、そこで位置づけられないものにぶつかり、自分の思想と立場が壊されること、そして、より深まり拡大する
ことを迫られること。そこからだけ第3の、新たな観点が生まれる可能性があるだろう。
 玉城は実に中途半端であると思った。カントと唯識とを比較することで彼の何が壊されたのかがわからない。
その破綻と絶望の姿が見えない。

(2)『ゆかいな仏教』は自由にしてくれる

私が仏教とユダヤ教・キリスト教を比較して考える際に役立ったのは、橋爪大三郎と大澤真幸による掛け合い
漫才の『ゆかいな仏教』 (サンガ新書) だった。
この本を読んだのは、ユダヤ教、キリスト教を考える際にも、2人の『ふしぎなキリスト教』(講談社現代新書)を
読んで参考にした経験から、何かが得られると期待したからだ。それは正しかった。
日本人である私には、仏教についてはそれが過去の歴史や社会で果たしてきた役割が大きく、すべての現象に関わっており、
そうした前提が大きすぎ、巨大な重しでがんじがらめに縛られて、何も新たに考えられなくなっている。
ところが、この本はその前提を大きく突き崩し、思いっきり外し、自由にしてくれた。
玉城との違いはどこから来るのだろうか。
目的がまったく違うだろう。『ゆかいな仏教』は現在の日本の大衆への問題提起のために発言している。
そのためには、玉城らよりは深く今の日本の現実を踏まえなければならない。そのために、2人にはやはり明確な
立場がある。橋爪にとってそれは社会学でありウエーバーであり、自らのキリスト教徒としての立場
(はっきりとは言わないが、橋爪は信者であるらしい。それを明示しないでいることは問題だと思う)だろう。
大澤にとってのそれは同じく社会学であろう。また、2人にはマルクス主義や唯物史観も前提である。
そうした前提の上で、2人に可能な限りで、前提破壊の作業をやってくれている。
この本はありがたかった。彼らが自由にしてくれた地平で、私の考えを思いっきり広げてみることができたからだ。
もちろん2人にはそれほどに切実な問いや答えはないし、彼らの代案はたいしたことがない。
しかし、それにこだわることはない。他と比べれば、その有効度は一桁違う。

(3)宗教と哲学や科学とは何が違うのか

今回読んだ多数の概説書の中で、宗教とは何か、哲学や科学とは何が違うのか、こうした根源的な問いを
出すものはなかった。これは不思議だ。
これには牧野紀之の答えがある(「宗教と信仰」)。違いは内容にはなく、形式のみ(疑いを求めるか、
信ずることを求めるか)とするのが牧野だ。もちろん、疑い続け、その中で確認され続けたことだけを信ずるのだから、
内容と形式は悟性的に区別できるものではない。牧野は過程的に区別できるとするだけだ。
最終的にはどちらも信念に到達するからだ。
途中の過程では疑い続け、にもかかわらず正しさがその都度確認され、ますますその教えの深さが理解できていける。
今後も、そうした過程が続くだろうと思う。その時に、それを信念とする。それはどちらも変わらないだろう。
そうなのだ。科学と宗教の区別はその内容とは無関係なのだ。
それでも、区別があるならば、それは形式面にしかない。私は、それは矛盾への態度であると考える。
私たちが矛盾の立場に自覚的に立ち、それを深めていくことを目指して努力し、実際に矛盾を深めていく限り、
それは科学的態度と言えるのではないか。そうでない限り、それは一面的になり、悟性的で、偶然性の立場に陥る。
こうした観点では、ブッダもイエスも科学的であり、宗教的ではない。
それを宗教にしたのは、その厳しさにたえられない弟子たちではなかったか。
                       2017年7月24日

8月 30

2016年の秋には、初めて仏教を学習した。『摂大乗論』に関する卒論の指導をする必要があり、
仏教に向き合わざるを得なくなった。
これまでは、仏教についてはなかなか本気になれないし、その経典や概説なども読む気にならなかった。
ヘーゲルが仏教を抽象的普遍としてバカにしているし、私自身も従来の日本の葬式仏教への軽蔑の念があったからだ。
もちろん、仏教(大乗)が中国、朝鮮、日本へと伝播していき、日本において空海、最澄、栄西、道元、日蓮、親鸞
を生んだことを重く重く考えなければならない。それは当時の日本で思想という名に値するごくわずかの成果だった
のだから。鎌倉時代の仏教の沸き立つような時代を思うと、仏教の根源を理解したいという思いはあった。

さて卒論指導だが、本人が仏教の宗派の中では唯識に関心をもっており、卒論の計画では最初は比較思想の観点から
カントと唯識を比較するなどしてお茶を濁す予定だった。『仏教の比較思想論的研究』の中の東大の玉城康四郎の
「カントの認識論と唯識思想」を下敷きに、実際にカントと唯識を比較して、意見をまとめる。
しかし、玉城の論考はあまりおもしろくなく、本人のやる気に火をつけることができなかった。
そこで、最終的には本人が強い関心を持っていた唯識の経典『摂大乗論』をしっかりと読むことにした。

『摂大乗論』は4世紀にインドのアサンガ(無着)によって書かれた大乗仏教の概論、総論の書である。
当時の新思想である唯識の立場から仏教を総括し、唯識の初期の段階でその立場を打ち立てたものである。
仏教の経典中の最高峰との評価もあり、これを読むにあたっては最低限の準備が必要だった。
中央公論社の『世界の名著』シリーズから「原始仏教」「大乗仏教」の巻の解説と収録された経典を読み、
『仏教の思想』シリーズから、2巻『存在の分析<アビダルマ>』 、3巻『空の論理<中観>』 、4巻『認識と超越<唯識>』と、
中村元の『ナーガールジュナ』(人類の知的遺産 講談社)などの概説書、橋爪大三郎と大澤真幸による『ゆかいな仏教』
(サンガ新書)などを読んだ。
 その上で『摂大乗論』を読んでみた。そこで考えたことをまとめておく。

■ 目次 

「悟り」の根本矛盾 (仏教を考える)

1.唯識と『摂大乗論』
(1)仏教の展開史における唯識
(2)アサンガの『摂大乗論』
(3)三性説
(4)アーラヤ識
(5)後得智と不住涅槃
(6)ブッダと中観と唯識
※ここまでを本日掲載。

2.仏教とユダヤ教・キリスト教
(1)言葉への不信
(2)人格神の意味 内的二分と外的二分の関係
(3)「悟り」の矛盾 3段階の発展 
3.比較宗教学、比較思想
(1)比較思想の難しさ
(2)『ゆかいな仏教』は自由にしてくれる
(3)宗教と哲学や科学とは何が違うのか
※ここまでは明日に掲載。

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「悟り」の根本矛盾 ?仏教を考える?

1.唯識と『摂大乗論』

(1)仏教の展開史における唯識

 仏教は全体としては次のような展開をした。

ブッダ→ 小乗仏教→ (アビダルマ)
       大乗仏教 (中観派 唯識派)→ インドでは完成
                           中国、日本に伝来

ブッダ(紀元前5世紀)の教えは弟子たちにより編集され経典としてまとめられ、その布教活動は継承された。
その人生観、世界観、悟りの方法は、法(ダルマ)として整理されたが、その詳細な分析と体系化が僧侶たちの
中のエリート集団によって数世紀にわたり進んだ。その体系をアビダルマと称するが、それは実在論的であり、
スコラ哲学的な抽象的形式主義が支配的である。
それを小乗と批判し、自らを大乗と称した一派が現れる。そこから2,3世紀に「空」の思想の中観派(ナーガールジュナ)、
さらに、4,5世紀に唯識派が生まれた。「空」の思想はアビダルマの実在論を徹底的に批判し、それを継承した
唯識は仏教のインドでの展開の完成と言える。
その後7,8世紀から9世紀にかけて派生的な密教が栄えたが、それを最後に、12世紀には仏教はインドでは消滅した。
しかし、仏教は中国、朝鮮から日本に伝来し、新たな展開をもたらすことになった。7世紀の中国唐において、
日本では12,13世紀の鎌倉仏教などで大きな発展を見せた。

(2)アサンガの『摂大乗論』

4世紀のアサンガ(無著)の『摂大乗論』は、唯識の初期段階において、その基礎を打ち立てたものだ。
後にアサンガの弟ヴァスバンドゥ(世親)は、『摂大乗論』を基にして細部まで体系化して、ここに唯識は確立した。
『摂大乗論』は、唯識の立場を初めて打ち立てた重要な経典である。今回私が読んだのは長尾 雅人(訳)
『摂大乗論─和訳と注解』 (上下) (インド古典叢書 講談社 1982/06)である。
『摂大乗論』の理論編から読んだのだが、最初の方は非常に難解に感じた。しかし、ところどころ、
わかるように思う箇所があり、そこでは感心した。そこにヘーゲルの発展観と近いものを感じたからだ。
ヘーゲルの発展、矛盾とそれゆえの運動、悪の運動といった考え方と、よく似た考え方だ。4、5世紀の段階で、
発展の考え方と人類の普遍的運動、つまり真理を実現する運動をとらえ、それに自分が参加して生きる生き方を
説いていることに感心した。
しかし、他方で、聖書(旧約と新約)の強烈な面白さと比較すると、これはずいぶん退屈な本だとも感じた。
その理由は、ここには現実のリアルな問題が出てこないことによる。教団、組織、金(財源)などの話題がない。
自分たち内部にもたくさんの汚染や矛盾があっただろうに、その具体的な描写は全くない。中世のスコラ哲学の
神学論争のような雰囲気(坊主主義)がある。カースト最高位のバラモン階級の出身のアサンガによる坊主イデオロギー
ではないか。
 ただし、面白くないと感じながらも、この唯識と『摂大乗論』が後に果たした大きな役割のことも考えた。
仏教(大乗)は元々のインドでは12世紀に滅んだが、中国、朝鮮、日本へと伝播していく。当時の日本では、
およそ思想と言えば、仏教の関係者以外からは生まれていないのではないか。であれば、ここには坊主主義以上
のものがなければならない。

(3)三性説

『摂大乗論』は全体が理論編と実践編に分かれる。
 その第1章と第2章が理論編で、3章以下最後の10章までが実践編である。
理論編の第1章は人間の意識の構造、第2章が三性説の説明で、世界・社会の構造を説明している。
 第2章では、この現実世界を3種の実存(三性)として示す。それは現実世界という実在する世界であるが、
その認識世界でもある。ここには存在論と認識論との明確な区別はない。両者は混然一体となっている。

      妄想
依他起
      成就

依他起とはいわゆる「縁起」のことであり、世界の相互関係であり、これが世界の根源的な相、基底的な実存である。
この実相が人間によって「分別構想」され、人間がそれに執着すると妄想・迷いの世界が現れる。(3節)。
その妄想が払しょくされると成就の悟りの世界が現れる(4節)。

妄想の世界は否定されるが、3つの世界は別のものではなく、実は1つであり、妄想の世界が実はそのままに
清らかな世界であるとする。そこで、迷いの世界から悟りの世界へとの転換を促すのが、依他起つまり縁起の理解になる。
したがって、修業とは、この縁起の世界を理解し、迷いの世界の中に清らかな世界が実現しているを見抜いていくことになる。
この考えには引き付けられた。現象、偶然性、多様性の中に、必然性を見抜いていこうとする、
リアルな現実感覚があると思った。仏教は「否定」だけの「抽象的普遍」という立場だ、という私が勝手に
思い描いていたイメージは壊された。
なお、世界は本来はそのままに清浄の世界なのだが、人間が「分別構想」し、それに執着すると妄想・迷いの
世界が現れるとされる(3節)。しかしそもそも世界を認識するとは、それを「分別構想」すること、つまり
「ことば」によって世界を分裂・対立・差別としてとらえることである。『摂大乗論』はこの必然性を認めたうえで、
それを超える方法を考えているのであろう。
この「分別構想」とは、人間の思考の悟性的側面がとらえられているのではないか。それは人間の意識の内的二分であり、
それは人間と世界の分裂であり、世界の分裂でもある。
 また、迷いの世界、悟りの世界、依他起の三性の示し方が気になった。普通は迷いの世界→依他起→悟りの世界とされる。
それに対して、アサンガは依他起を最初から中心に据え、その2つの現れ方として迷いの世界と悟りの世界を示した。
これ自体は悟性的だが、ここにある示し方に媒介性の意識、3段階からなる発展というとらえ方の芽があると思った。

(4)アーラヤ識

この第2章の三性説を根拠づけ、その前提をなしているのが第1章のアーラヤ識説であると思った。迷いの世界、
悟りの世界、依他起(縁起の世界)との三性は、すべて人間の意識によって生まれているから、転換が可能か否かは、
その意識のあり方にかかっているはずだ。
第1章では、人間の意識には、五感と関係する普通の意識と、その根底にあるアーラヤ識(このナカミをとらえることは
できないとされる)があるとする。両者は因果関係、相互関係で結ばれている。つまり縁起である。
前者が感覚と思考による知であり、世界は現象としてとらえられる。そうした意識でとらえたものが、
アーラヤ識に蓄積され(巨大な貯蔵庫)、それが人間の意識の根底を作り、それが世界の現れとつながっている。
こうした「アーラヤ識」という考え方は、唯識が初めて出したものらしい。
これを人間の無意識とか集合的無意識と考える現代の研究者もいるようだが、私は普通の意識を相対化し、
妄想の世界から清浄な世界への転換を可能にするためのフィクションであり原理的な装置だと思う。
アーラヤ識という巨大な根源的世界を設定し、その現象的な表出として普通の意識を設定する。
するとそこに、可能性から現実性へと展開していく巨大な運動が現れてくる。
その運動によって、妄想の世界から清浄な世界へとの巨大な運動を保証しようとしたのではないか。
それは真理が人類史全体の中で実現していく過程であり、世界全体が真理へと実現していく過程の運動であろう。

以上のアーラヤ識説から、「唯識」という名称が生まれたようだ。
人間の識(意識)は働きであり、その成果が表象である。したがって世界は表象として現れる。
その意味で、世界は唯識でしかない。
しかし、その識(意識)の根底にはアーラヤ識があり、それは世界存在の根源であり、それが妄想の世界も清浄の
世界もつくっている。その世界存在の根源がアーラヤ識にあるという意味でも、この世界は唯識なのである。
これはアーラヤ識の発展を前提として、世界の変革の可能性を認めることである。
「唯識」の意味とは本来は後者の意味なのだが、前者の意味もその前提、契機となっているのであろう。

(5)後得智と不住涅槃

さて、こうした理論編を踏まえて、その実践編が描かれるのだが、それは三性説の応用であり、その具体化である。
そしてそれは3段階からなる発展として現れて来る。
面白いのは、悟りへの修業過程の3段階である。8章では次のように説明される。
加行智(世間智)→根本無分別智(いわゆる悟り)→後得智(世間智だが清浄)
                        世間に向かって働きかける
同じことが9章では、涅槃→不住涅槃として説明される。悟った涅槃の状態にも執着せずに利他行のためにあえて
世俗の世界で働くことが求められる。

仏教の本来の修業の目的とは、妄想の世界から清浄な世界への転換を果たすために、「悟る」ことである。
悟ることによって、迷いのない清浄な世界に生きることができる。それが「根本無分別智」である。
ところが、ここではそこに止まっていてはならないとする。
妄想の世界から清浄な世界への一大転換を果たした人、つまり悟った人も、そこに止まっていてはならない。
清浄な世界そのままに、清浄な世界から妄想の世界へとの転換を果たさなければならない。悟り、つまり迷いの
ない清浄な世界に生きるだけなら、そこには分裂はないが、不動で世間に働きかける力を失う。
悟りからは世間に向けて動き、働きかけ、世間自体に本来の清浄な世界を表さなければならない。
これは「悟り」には根本的な矛盾があることを示したものであろう。しかもこの転換は、最後の悟りの段階にだけ
起こる大転換ではないとされる。修業の日々の生活で、それが無限に繰り返される過程だとする。

私はここでうなった。これはすごい。無限の発展の運動をわかっている。それは各自の日々の小さな成長から、
人類と世界大に拡大され、その発展にまで到る。
人は清浄の世界からそのままに、妄想の世界で生きなければならないのだ。それが真理への到達の道であり、
真理を生きることなのである。それは認識だけで終わるのではなく、その実現に参加し、実際に自分自身がその契機
とならなければならない。世界の変革は、自己の変革と一体のものである。
ここを読んで、初めて仏教がわかったように思った。
また、ブッダが、悟ったのちに、しばし迷いの中になったことの意味が分かったように思った。
「悟り」を目標にすることの究極の矛盾がそこにあったのだろう。

ブッダは、個人が自らの悟りの段階に留まることを許さず、あえて世間に戻ること、世間にとどまって、
そこで仕事をすることを求めている。個人の悟りではなく、人類全体の悟りのための仕事をすることだ。
『摂大乗論』によって、ブッダの真意が初めて明らかにされたと、アサンガは思っていただろう。
これが大乗仏教の核心だろうか。

(6)ブッダと中観と唯識
 
唯識は中観派を発展させた立場だと言われる。それはどういう意味なのだろうか。
中観は2,3世紀に、インドのナーガールジュナが打ち出した思想である。
「空」の思想は「色(世界)即是空。空即是色」で有名であるが、それには、唯識の三性説とよく似た構造がある。

     存在(有る)
「空」
     無(ない)

これは、単に世界の存在を否定したのではない。世界がその現象のままに存在するということを徹底的に否定した。
しかし、それは世界存在そのものの否定ではない。世界は無ではなく存在する。しかし、現象のままではない。
この矛盾を直視することを求め、存在と無のいずれかを切り捨てて安住することを諫めているのではないか。
それが「空」の立場であり、それが「中道」ということなのでないか。中村元の概説書を読んで、そのように理解した。
「色(世界)即是空」。世界はただちに空である。しかし、これは前段に過ぎない。後段は「空即是色」。
空がそのままにこの世界である。この両面を統一的にとらえなければならない。
そうであるならば、これは唯識の三性説と似ていることがわかる。

ブッダの考えを、中観、唯識が発展させたとするならば、それは何をどのように発展さっせたのだろうか。
ブッダは、世界の根本的な矛盾を見ていた。その矛盾に耐えられない場合は、いずれか一方を取って他は切り捨てる
ことになる。また「悟り」の地点に止まり、世俗を否定して終わるだろう。しかしブッダは、矛盾に耐えよ、
そこで耐えて仕事をせよ、それが生きることだ、と伝えた。それが中道であろう。
 小乗では、その理解が浅かった。
 それに対して、大乗仏教が生まれた。そしてその矛盾の意味を深めたのだろう。
中観の空は、ただの否定ではない。世界を存在するとも、無であるともしない。その矛盾の中で、矛盾のままに
生きることを求めているのが、空の立場である。これはブッダの中道をより具体化したものだろう。
唯識の三性説も同じである。しかしそれにアーラヤ識の考えを導入することで、これをさらに空間的に全体性としてとらえ、
時間的に発展していく運動としてとらえようとしたのだと思う。
矛盾を深め、それが必然的に3段階の発展の形式になっていく。

11月 19

大修館書店のPR誌『国語教室 104号』(2016年秋号)が刊行されました。

その「展望 これからの国語教育」の連載の一環として私も執筆しました。

「すべての教科の言語活動を総合する」です。

5月 22

『「聞き書き」の力』(大修館書店)の序章「なぜ今、『聞き書き』なのか」 その4

■ 目次 ■

『「聞き書き」の力』
序章 なぜ今、「聞き書き」なのか  中井浩一

第1節 「聞き書き」とは何か
第2節 教育手法としての聞き書き 
 以上 19日

第3節 若者たちの課題とその解決策
第4節 新学習指導要領が私たちに問いかける問題
 以上 20日

第5節 「国語科」とは何か 
 以上 21日

第6節 PISA型学力
第7節 「温故知新」 教育改革と「聞き書き」
 以上 22日

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第6節 PISA型学力

PISA型の学力が問題になっている。また「問題解決型の教育」が言われるようになってからかなりの年数が経過した。これらに簡単に触れておく。

PISA型学力は、従来の詰め込み式への対論としては意味がある。「答え」を暗記させるのに対して、「答え」を考えさせ文章としてまとめることは、はるかに高い能力である。しかし、それはまだまだ低いものであることもわきまえておかなければならない。その低さとは、「問い」を出すのは依然として教師や大人であるということだ。

自立していく上で重要なのは、自分の問題意識、自分のテーマを作ることだ。その際の「問い」は自分が出すもので、他人から与えられるようなものではない。自分自身の「問い」だからこそ、本気でその「答え」を出す気になれるのだ。大切なことは「答え」を出すことではなく、自ら「問い」を出すことなのである。
「答え」を求めると、教師の用意した「答え」があることを暗示することになり、それを見つけさせるだけの指導になりやすい。むしろ、容易には「答え」がないような「問い」を投げかけるべきなのだ。それがディベートなどで優れた教師がやっていることだ。
そもそも現実の社会問題は、どれをとっても複雑に入り組んでおり、簡単に解答が見つけられるようなものではない。その複雑な込み入った状況の中で、答えが容易には出せないことに耐えて、ねばりづよく考え続けること。そのタフさこそ、教育すべきなのだ。

「問題解決型の教育」でも同じである。大人の場合とは違い、高校生にとって重要なことは「解決」ではない。解決すべき「問題」に気付き、その問題を定式化する(疑問文の形にして問題を明確にする)ところに核心がある。

そして、問題意識を作る上で、ねばりづよく現実に立ち向かっていくタフさを養成する上で、聞き書きがいかに有効かを本書は述べたいのだ。多くの高校生の問題は「答え」を出せないことではない。その答えが通り一遍のキレイごとであり、安易な決意表明になりやすいことだ。それを突き崩すことからすべては始まる。

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第7節 「温故知新」  教育改革と「聞き書き」

2014年12月に文部科学省の中央教育審議会が新たな答申「新しい時代にふさわしい高大接続の実現に向けた高等学校教育、大学教育、大学入学者選抜の一体的改革について」を発表した。これをめぐって高校現場が大騒ぎになっている。2020年度から大学入試ががらっと変わる。それと一体の形で高校現場の教育にも大きな変革が求められている。

答申は目標として次のような能力の獲得を掲げる。「十分な知識と技能を身に付け、十分な思考力・判断力・表現力を磨き、主体性を持って多様な人々と協働する」。これが「学力の三要素」と称されるナカミだ。
より具体的には、課題の発見と解決に向けた主体的・協働的な学習・指導方法である「アクティブ・ラーニング」の充実を図ることとしている。

これだけなら、従来の繰り返しでしかないと思うが、今回の違いは、その達成のために大学入試改革を断行することが明記されたことだ。これが現場に大きなインパクトを与えている。
これまでも高校段階の教育改革はさんざん提言されてきた。しかし大学入試がネックとなって改革が進まない。今回はその大学入試改革と一体の形で進んでいる。「本気だ!」と現場に伝わっているのだ。
2020年度から現在の大学入試センター試験が廃止され、「大学入学希望者学力評価テスト(仮称)」と「高等学校基礎学力テスト(仮称)」が導入される。
 また、各大学が個別に行う入学者選抜(個別選抜)でも、各大学がそれぞれの入学者受け入れ方針=アドミッション・ポリシーを策定することを義務づけ、それにしたがった選抜を求めた。

これら全体の改革を通して、答申が目標として掲げる「学力の三要素」の獲得が求められた。

しかし、これによって現場の先生方がまたまた混乱している。「学力の三要素」とは何か。「アクティブ・ラーニング」とは何か。これまでの教育、現行の学習指導要領が求める学力や指導法と何が違うのか。

「温故知新」。大切なことは表面的な言葉の違いにごまかされることなく、変わることのない教育の本質と、時代の変化の両面をしっかりと見極めることだ。

今回の答申で、従来の方向と大きな変化は何もない。求められていることはこれまでの延長上のことでしかない。本来の教育の目標を、さまざまに流行の言葉で言い換えているだけだ。
私はこの序章の四節以下で現行の学習指導要領の掲げる目標の意義とその目標達成のための課題を説明した。そのまさに延長上に、この答申がある。今回の答申の内容は、実は二〇年前の学力低下論争の際に議論されていたことであり、その際に議論されていた回答の遅すぎる実現なのである。そしてそれはさらには、「ゆとり教育」が課題にしていたことの、一周遅れの繰り返しでしかない。

だから、いつものように、私たちは教育の本質、教育の根本に、いま一度立ち返って考える必要がある。眼前の生徒や学生の課題こそ、私たちが解決しなければならない課題なのだ。彼らの抱える課題をどう解決できるか。それにどういう考えと方法で立ち向かえば良いのか。
本書全体がその回答になっていると思う。「学力の三要素」や「アクティブ・ラーニング」という言葉に振り回されるぐらいバカげたことはない。いつも変わらない本当の教育があり、その実行が求められているだけだ。
そして、本書の立場からは、今回の答申も、現行の学習指導要領がそうであるように、大いに追い風である。これを生かして、本来の教育活動に邁進していただきたいと思う。

5月 21

『「聞き書き」の力』(大修館書店)の序章「なぜ今、『聞き書き』なのか」 その3

■ 目次 ■

『「聞き書き」の力』
序章 なぜ今、「聞き書き」なのか  中井浩一

第1節 「聞き書き」とは何か
第2節 教育手法としての聞き書き 
 以上 19日

第3節 若者たちの課題とその解決策
第4節 新学習指導要領が私たちに問いかける問題
 以上 20日

第5節 「国語科」とは何か 
 以上 21日

第6節 PISA型学力
第7節 「温故知新」? 教育改革と「聞き書き」
 以上 22日

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序章 なぜ今、「聞き書き」なのか

第5節 「国語科」とは何か 

私自身は長らく、高校生を対象とする国語専門塾で国語を指導してきた。そして世間で行われている国語教育への疑問を感じ、それに変わる教育方法を模索してきた。そうした私には、今回の学習指導要領は深く頷けるものがある。

私の国語科への疑問とは、それが事実上心情重視の「文学」教育や、「結論」を注入するような「道徳」的な教育に堕していて、本来の使命を果たしていないのではないかということだ。
本来は、1人1人の高校生が自分のテーマや問題意識をつくり、そのテーマの答えを追求していく生き方を支援するのが国語科だと思う。1人、1人が自分の思想を持って生きることを準備するのだ。つまり「自立」した人間になるための手立てと能力。そのためには自発的に「問い」を出し、その「答え」を出すための過程と「答え」の出し方を指導するべきだ。
ところが、現在の国語教育では、それができていないどころか、その反対のことが行われているのではないか。「答え」が教師から押し付けられ、生徒自らが「問い」を立てることが軽視されていないか(「道徳主義」)。感性・感情(共同体の空気を読む=集団と一体)を学習させられ、論理=思考(集団との一体感を壊すことも恐れず、異論をぶつけ合い、本質理解を深める)が指導されていないのではないか(心情主義)。そこで学ぶ一般的な知識が、自分自身や現実社会と十分には関係づけられていないのではないか。内容を教えこもうとして、形式(「型」の重視)の指導が弱すぎるのではないか。

以上国語科の問題として述べたが、実はこうした問題は他教科でも同じであり、そうした矛盾が国語科の特殊性故に、国語科に集約して現れるのだと思う。もちろん、国語科と他教科との違いも大きいのだが、実はほとんど同じ欠陥がそこにある。

それにしても、どうしてこうなってしまっているのか。そもそも国語科とは何を教育する教科なのか。
国語科の目標とは「ことばの学習」だとされる。「ことば」や「文章」を学習し、言語活動の能力を身につける教科だとされる。したがって文法や語彙や漢字、文章の構文、構成や文体を学習し、あらゆるジャンルの文章や韻文の読解や、表現を学習する。
ここまではほとんどの人が一致できる点だろう。しかしこうした理解では不十分だったから、変なことが起きているのだ。それは、国語科と他教科との関係の曖昧さである。

表    対象        認識・表現の方法
国語科 人間の内面や心情   感性的に主観的にとらえ、感性に訴える表現をする
他教科 現実や事実      客観的に合理的、論理的に考え、論理的に書く

多くの人は、国語科と他教科との関係を表のように考えているのではないか。他教科は現実を事実に即して合理的、論理的に考えるもので、国語科は人間の内面や心情を、感性的にとらえるものである。だから国語科は現実や事実の表現でも、読者の心に訴えるような文学的な表現をめざす。ここにあるのは、事実と心情との分裂、論理と感性との分裂である。本当にそうした理解でよいのだろうか。

「国語科はすべての教科の基礎である」。これもまた多くの人が一致できる命題だろう。すべては「ことば」や「文章」からなっているのだから、その学習がすべての基礎になってくる。しかし、この理解で終わりなのだ。本来は、それは始まりでしかない。国語科はそこから始まるが、さらに各教科での成果を踏まえて、全教科の総合をすることをゴールとするべきではないか。
各教科では、それぞれの分野における基本的知識や考え方を学ぶ。しかしそれだけではバラバラの知識に終わりかねない。それらを総合するのが国語科ではないか。各教科で学んだことを材料として、高校生1人1人の問題意識やテーマを作る、そのための方法と能力を学ぶのが国語科だろう。

私のようにとらえないと、国語科を他教科と横並びで考えることになり、他教科と張り合うことになる。そして、国語科は「ことば」や「文章」という、すべての教科の基本ではあるが「形式」的な学習である。それに対して、他教科はすべて立派な内容を持っている。「内容」上のすべての分野が他教科に占められているから、国語科に内容上で残されるものは何かが問題になる。その結果、他教科の内容を事実や客観性ととらえ、それに対して主観的な「心情」と「文学教育」を国語科の特殊領域としたのではないか。それが現在の哀れな国語科の姿なのではないか。

本来の国語科は、これまで分裂して考えられてきた事実と心情、論理と感性、主観と客観、自己と他者とを総合してまとめ上げることを役割とすべきである。国語科が読解や表現を担当するということは、すべての教科の前提となる能力を担うという意味であると同時に、それらを総合して、一人の自立した人間を作るところまでが使命である。それは最初から最後まで総合的なものであるべきなのだ(第3章で高校3年間のカリキュラムを提案する際に、この問題を具体的に詳述する)。
先に問題提起したレポートの書き方でも、これまでの理科や社会科と国語科の分裂といった状況を超えて、レポートのあり方の全体像を示すのが、本来の国語科の使命である(これは第5章で取り上げる)。

最後に一言。国語科の教師の中には「では感性や心情、文学の教育はどこにいくのか」と心配する方々がいるだろう。それに答えておく。そうした「せまい意味」での文学や心情的な教育は、「芸術」という選択科目として位置付けるのが妥当ではないか。音楽や美術と同じである。誤解のないように断わっておくが、私は文学教育を軽視しているのではない。それが重要であることは論をまたない。ただし、それは「必修科目」ではないといっているだけだ。「文学教育」が「道徳」教育になり下がっているのは大問題だが、その解決は「正しい文学教育」を担当する方々に任せたい。

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