4月 08

ヘーゲル論理学の「現実性」は、本来どう書かれるべきだったか(つづき) 中井 浩一

■ 本日掲載分の目次 ■

4.ヘーゲル論理学の第2書「本質論」の第3編「現実性」の役割
5.ヘーゲルの意図について
(1)ヘーゲルの意図
(2)代案の根拠
(3)ヘーゲルの側の事情

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4.ヘーゲル論理学の第2書「本質論」の第3編「現実性」の役割

さて、今回牧野が、そして私が「現実性」の改訂案を出したということは、ヘーゲルの「本質論」
(特に第3編「現実性」)の初版が不十分なものであると両者が考えていることを意味する。
それはヘーゲルの意図や目的を十分に達成していないのではないか。

ヘーゲル論理学全体において「現実性」は核心部分であり、その理解はヘーゲル論理学全体の理解に大きく
影響する。私がヘーゲルの何に不満なのか、何がわからないのか、実際のヘーゲルの論理学(初版)の展開
に即して説明してみたい。

ヘーゲルの論理学は、客観的論理学(存在論、本質論)から主体的論理学(概念論)と展開されている。
存在論、本質論、概念論はそれぞれ3編からなる構成になっている。「現実性」は本質論の第3編に位置している。
その位置からわかることは、「現実性」は客観的論理学(存在論、本質論)の総括をし、そこから主体的
論理学(概念論)を導出する役割を持つということだ。
つまり、客観的論理学と主体的論理学は、概念の生成史と概念の展開史の関係だ。広い意味では客観的
論理学(存在論、本質論)全体、狭い意味では「現実性」が、概念の生成史であり、そこで生まれた概念が
自らその意味を展開するのが主体的論理学(概念論)なのである。
そしてこの生成史から展開史という順番は、ヘーゲルの発展の論理から生まれている。
ヘーゲルは、存在論は「移行」(外化)の論理、本質論は「反省」(内化)の論理、概念論は「発展の論理」だと言う。
それは存在論の「移行」の論理と本質論の「反省」(内化)の論理の統一が発展の論理だということだ。

概念の必然的な導出は、発展の論理の必然的な導出でもあるはずだ。つまり、「現実性」では概念の生成と同時に、
発展の論理の生成が示されねばならないのだ。ではその概念とは何か。
概念とは、地球の全歴史を貫いて、そこに実現していくもののことであり、その実現にはどうしても人間の主体的
な働きかけが必要である。だからこそ地球から人間は生まれてきたのだ。その意味では人間を概念と呼んでよい。
地球の歴史と人類の歴史を世界の始源(概念)が自己実現していく「発展的」過程としてとらえ、それを認識し
実現していく主体として人間(自我)を導出する。その導出が「現実性」で展開されなければならないはずだ。
そして、人間が実際にその使命を実現するために概念を理解し実現する過程は概念論で展開されるはずだ。

以上の意味で、概念(人間)を導出する本質論の「現実性」こそが、ヘーゲル論理学の核心であり、概念論は
ある意味では、その概念の実際上の展開でしかないと言える。
だからこそ、本質論が一番難しいという言明がされ(エンゲルスは「本質論が一番難しい」と言っていた。
ヘーゲル自身も『小論理学』の本質論冒頭の第114節の注釈で「論理学で最も困難なのは本質論だ」と言って
いる)、さらに「必然性から自由への、あるいは現実性から概念への移行が最も困難だ」と『小論理学』の
第159節の注釈で述べている。

5.ヘーゲルの意図について

(1)ヘーゲルの意図
ではそうした重要な役割を担う「現実性」をヘーゲルはどのように書いたのか。その意図は何だったか、
それは十分に実現できたのか。また、ヘーゲルの意図とは離れて、そもそも、論理必然性からして、
本来はどう展開すべきだったのだろうか。

ヘーゲルの大論理学の「現実性」(初版)の実際の内容は、以下のようになっている。
第1章はスピノザ哲学を紹介し、実体→属性→様態と展開される。
第2章は、可能性と現実性の関係を分析し、偶然性と必然性を論じる。
第3章は、実体性、因果関係、相互関係が展開されている。

この中で、ヘーゲル自身は第3章こそが核心で、それが概念の導出の役割をはたすと考えていたようだ。
小論理学の叙述(大論理学の第1章は省略、第2章「現実性」は序説扱い、第3章のみ本論)もそれを示す
だろうし、大論理学の概念論冒頭の「概念一般」では「実体性論(第3章)が概念の生成過程」と述べ、
その要約をしていることも、それを裏付けるだろう。なお「概念一般」では、その要約の直後にスピノザ哲学
とカント哲学への言及がある。ヘーゲルはスピノザ哲学を概念の直前の実体の立場として評価し、一方の概念
の立場(それはスピノザに欠落する個別の立場でもある)を切り開いた先駆者としてカント哲学を評価するのだ。

(2)代案の根拠
さて、ヘーゲルの意図は上記のようなのだが、それは確かなのだが、私には第3章が概念の導出となっている
ことが理解できない。この第2章と第3章の順番がわからないのである。第3章と第2章は入れ替えるべきではないか。
なぜなら、主体=人間=概念の導出を担っているのは、第3章ではなく第2章だと考えるからだ。
第3章の内容は、因果関係はもちろん、相互関係ですら、必然性全体の中では低いものだと私は考える。
動的な歴史的な発展過程を捉えるのは第2章である。第3章は、せいぜい第2章の内容を、分析的に捉え
直したものにしか見えない。

私の考えを支えると思う根拠をいくつか挙げておく。
この第2章と第3章は、それぞれ、カントの判断の4類型に対応する。関係性の判断(実体、因果、相互)が
第3章、様態の判断(偶然性、可能性、現実性、必然性)が第2章である。
 このカントの判断の4類型は、ヘーゲルが自らの論理学の体系を考える際の土台としているのだが、
質の判断と量の判断は、存在論の大枠をなし、関係性の判断と様態の判断を本質論の核心の「現実性」に
置いたのだ。ヘーゲルにはそれはすでに決まっていたことだろう。したがって、問題はその順番にあったはずだ。
ヘーゲルの概念論の主観的概念の判断論の展開を見てみる。これはカントの4つの判断を土台に、
その4つを発展的に位置づけたものになっている。それは質の判断、量の判断(反省の判断)と続くが、
最後に持ってくる概念の判断はカントの様態の判断であり、その前の必然性の判断がカントの関係の判断
に対応する。関係の判断では二つの項が全体の契機となり、ここに全体が類や種として示される。
そして様態の判断においてその全体(概念)との一致、不一致が問われる。つまり関係の判断よりも、
様態の判断の方が上であり、それを概念の判断としているのだ。

概念論の客観的概念が機械論と目的論の順番に展開されていることもそうだ。機械論は因果関係や相互関係
で把握される世界、つまり外的必然性の世界だし、目的論は内的必然性とそこから生まれる概念の段階に
対応するだろう。因果関係や相互関係は、ヘーゲル論理学の中では外的必然性という低い段階であり、
それを止揚したのが内的必然性だという理解が正しいと思う。

ヘーゲルがこの論理学の第2書「本質論」の第編全体のタイトルを「実体」とせず「現実性」としたことも、
現実性を直接扱う第2章(タイトルも「現実性」)こそが重要であることを示しているのではないか。
また、これまでヘーゲルの本質論研究でほぼ唯一の大きな成果である許万元著『ヘーゲルの現実性と概念的
把握の論理』が第2章の研究であり、第3章ではないことも考えたい。

(3)ヘーゲルの側の事情
ではなぜ、「現実性」の内部の展開が、様態から関係性へとなったのだろうか。
牧野は「ヘーゲルは因果等の必然的関係をどうしたら証明できるかと考えた」からだと説明するのだが、
私は違うと思う。

以下は、推測でしかないが、ヘーゲルは自分の立場を実体の真理として示したかったのではないか。
ヘーゲル哲学をスピノザ哲学の真理として示したかったのだろう。
ヘーゲルにとって、哲学史上ではアリストテレスが別格であり、近代の哲学者では直接にはカントが、
ついでスピノザが先達なのだ。そこで自らがその2人の正当の継承者であることを示したかったのではないか。
だからスピノザ哲学自体の展開が、自ずからヘーゲル哲学が導出される形を示したかった。
つまり実体論の展開がそのまま主体の導出になるようにしたかった。

しかもカントの判断の4分類をそのままに取り込むことで、それを止揚したものとして概念の立場を導出
したかった。そこでラストにカントのカテゴリーから関係性の3カテゴリーをもってきた。
実体→因果関係→相互関係である。
また、第1章にスピノザ哲学を置くと決めた場合、それは実体→属性→様態と展開されるので、
第1章最後に置かれた「様態」を受けてカントの「様態の判断」を2章に置き、最後に「実体」から始まる
カントの関係性の判断を置いたのが初版の構成なのではないか。

 または、実体の生成史とその展開史として、第2章と第3章を置いたとも考えられる。
偶然性から必然性への展開が実体(必然性)の生成史の意味を持ち、その成果である現実性=必然性=実体
の展開過程をその後に置いたつもりなのだろう。第2章で必然性の発展を外的必然性(B 実在的必然性)
から内的必然性(C 絶対的必然性)へと展開していたが、それを再度、実体→因果関係→相互関係で捉え直し、
そうした必然性の展開の結果、すべての存在、現実が全体の契機となることを示した。必然性の運動の結果、
その姿を現したその全体を概念とし、その概念の働きとして必然性を止揚した自由を出す。
これがヘーゲルが実際に行なったことのようだ。
そのように考える限り、牧野のように第3編「現実性」を偶然性と可能性と必然性に三分し、
最後の必然性の下位形態として実体性と因果性と相互作用の3つを置くという考えは、
ヘーゲルの真意を分かりやすく整理したものと言えるだろう。

 しかし、それがヘーゲルの意図だったとしても、それは論理的には無理筋だと思う。
ヘーゲルが実際に因果関係を出すことで示したかったのは、「自己原因」(一つの全体が形成され、
すべてがその全体の契機となる)という考えだったと思う。そこから概念の導出をするためだろう。
 しかし、因果関係→相互関係は、必然性の段階としては高いものではない。日常で普通に使う考えであり、
それが厳密に操作されれば自然科学や社会科学の基礎をなすものにもなる。しかし、それは必然性の段階
としては外的必然性であり、悟性段階のものである。確かに、それも必然性の展開に従って高まれば
自己原因という段階になるが、それを一緒にくくることはできないのではないか。

 なお、私は相互関係一般を外的必然性の段階と考えるが、その重要性を否定するのではない。
内的必然性はそれを止揚したものとしてしか現れないし、内的必然性の必須の契機として外的必然性は
存在している。例えば概念論の客観性の核心である目的論で、人間が自然を完成させるという人間自身
の使命を自覚し、その使命の実現のために、人間自身の個人的社会的な変革を引き受けるようになる論理は、
作用と反作用、相互関係の論理である。労働によって自らに都合がよいように自然を変革しようとする人間は、
その欲求実現のために、逆に自らの変革に取り組み、自らの能力を高め、社会を変革しなければならなくなる。
その過程の中から人間の使命、つまり人間の概念が自覚されるはずだ。そこから理念が生まれるのだが、
そこでの論理が相互関係であることは重要だ。しかし、それが内的必然性より上なのではなく、
そうした外的必然性を止揚して内的必然性と概念が現れてくるという意味で重要なのである。

                  (2016年4月1日 3・11から5年目の春)

4月 07

ヘーゲル論理学の「現実性」は、本来どう書かれるべきだったか(つづき) 中井 浩一

■ 本日の掲載分の目次 ■

3.ヘーゲルの外的必然性と内的必然性
(1)外的必然性
(2)内的必然性
(3)概念(自由)の生成
(4)ヘーゲルの「現実性」を書き直す

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3.ヘーゲルの外的必然性と内的必然性

 ヘーゲルの外的必然性と内的必然性とはどういう関係であり、内的必然性とは何のことなのか。
 外的必然性と内的必然性とは、単に横並びの対立項ではないだろう。外的必然性が発展した段階が
内的必然性である。つまり、外的必然性の真理が内的必然性であり、外的必然性の中からのみ内的必然性は
現れる。内的必然性とは外的必然性の中にしかない。

(1)外的必然性
A→B、AからBが出てきた(ように見える)、AがBに変化した(ように見える)時に、そうした変化を変化と
してだけとらえている段階、つまりAとBがただ他者として、相互に無関係に並ぶだけの相互外在的な関係で
しか考えられない段階が、ヘーゲルの存在論の段階である。この段階の変化の運動をヘーゲルは「移行」と呼ぶ。

そうした変化に対して、なぜ、どのようにその変化が起こるのか、つまり変化の根拠、その必然性を検討する
段階になると、本質論の段階となる。
A→B、AからBに変化した時に、AとBはただの他者ではなく、BはAから生まれたのだから、Bの根拠がAである。
この時に、AをBの原因、BをAの結果と呼ぶ。これが因果関係である。
この根拠という考えをさらに深めると、Bは初めからAに内在していたのであり、Aの中にすでに潜在的に存在
していたBが外化したものであると考えられる。この立場からは、AをBの可能性とも言い、BをAという可能性
の実現、現実化とも言う。
このように変化の運動を、その根拠から説明するような2項の関係でとらえる時に、ヘーゲルは「反省」「反照」
の運動と呼ぶ。

この因果関係や、可能性から現実性への反照の運動を、ヘーゲルはさらに深めて相互関係の芽を見抜いていく。
AがBの原因であることは、 A→B によって確認され、Bが Aの結果であることも、 A→Bによって確認される。
つまり、A→Bの場合、Aの中にすでに潜在的に存在していたBが外化したのであるが、同時に、Aが自己内に反省
して(内化して)Bを見出したことをも意味する。かくしてAからBへの外化は、BからAへの内化でもある。
ここにAとBを契機とした全体が現れている。これが変化一般の本質的な姿なのだ。

しかし、これではどこまでいっても偶然性の関係である。なぜなら、確かにA→Bもあるのだが、B以外の場合もある。
A からは、C、D、E、F…も出てくるからである。
B以外のC、D、E、F…の可能性は排除されない。Bもあるし、Cもあるし、Dもあるし、Eもあるし、Fもある、…
こともある。Bでないし、Cでもないし、Dもないし、Eもないし、Fもない、…こともある。
さらに、B、C、D、E、F…は、Aからしか生まれないのではなく、A以外のP、Q、R、S、T…などからも生まれること
がある。
ヘーゲルはこのAとB(B以外でも同じ)にとってのこうした状態を「自らの根拠を他者の中に持っている」として
偶然性の段階とした。この段階がヘーゲルの外的必然性である。こうした場合は、A、B、C、D、E、F…は、相互に
内的と外的との区別はあるものの、存在論の相互外在的なありかたに止まっているのだ。

こうした偶然性の段階にあって、より必然性を追求しようとすれば、A→BのBだけが可能で、それ以外のC、D、E、F…
の出現の可能性が排除されればよい(B以外のC、D、E、F…でも同じ)。そこで、そのために必要な条件が問題になる。
そこで、A→B の条件、つまりAからBだけが生まれ、それ以外のC、D、E、F…が現れないための条件の検討が始まる
(それはB以外の、C、D、E、F…についても検討できる)。それにはAの内部の条件はもちろんだが、同時にAの外部
(A以外のP、Q、R、S、T…)の条件も必要になる。
ここでは、そもそも最初に置かれるAとは何か、AとA以外の区別とその関係が問われる。一方ではAとA以外の2つを
「部分」(契機)とする「全体」が意識され、他方でAを全体とした時のAの部分(諸要素)の相互関係、またAも
入れた全体の相互関係が問われるようになる。そしてさらにA→B の条件では、A に含まれる可能性としてのB、C、
D、E、F…の相互関係、Aも入れたそれらの可能性群全体の相互関係が問われるようになる。相互関係の諸要素は
全体の契機となっており、ここでは全体とその契機としてとらえられることになる。これが実体と偶有性の関係の
段階である。

この時に、A→B の条件が示され、その条件が満たされていればBが現れ、 B以外のC、D、E、F…は現れない。
しかし、Aから何が生まれるかは、Aの内的条件と外的条件に依存しており、そうした条件に依存しているという意味
では、「自らの根拠を他者の中に持っている」ことは変わらない。したがって、その意味ではこの段階も依然として
偶然性の段階であり、外的必然性の段階なのである。

(2)内的必然性
A→Bの場合、Aの中にすでに潜在的に存在していたBが外化したのであるが、同時に、Aが自己内に反省して
(内化して)Bを見出したのである。AからBへの外化は、BからAへの内化でもある。
ただし、Aの中に潜在的に存在していたものはBだけではなく、B以外のC、D、E、Fもあり、だからこそ、
それらも外化してくるのである。これが偶然性の段階であった。
そのAが「全体」とされ、B、C、D、E、F…がその「諸要素」として区別され、それらの相互関係が明らかになっても、
それらの関係には偶然性がまだ残されている。
しかし、そうした諸要素の中に、Aにとっての中心的(本質的)なものとそうでないものとの区別が明らかになる段階
が来る。そうした区別は、変化の中には中心的変化があるということがわかってくる段階に対応する。

Aの多様な変化の中に、その全体を貫く運動があることがわかり、それこそがAの本質の実現の運動であることがわかる。
その時、Aの中に潜在的に存在していたB、C、D、E、F…は、Aの中心的なもの(本質)の現れであるものと、
そうでないものとに明確にわかれていく。
つまり、全体を形成する諸要素には明確な本質(中心)があり、その本質の外化を中心とした運動がある。

A→BのBがAの本質(中心的なもの)であった場合は、変化一般とは全く異なる運動が現れてくる。
その運動とは、A→B→B’→B”→B”’→B””→B””’…→Aという運動である。これは、Aの中に潜在的に存在
していた本質が、B からB’、B”、B”’、B””、B””’…と外化していく過程で、同時に、Aが自己内に反省
して(内化して)B からB’、B”、B”’、B””、B””’…へと深まっていき、最後はAにもどることになる。
このB→B’→B”→B”’→B””→B””’…→Aの全体を本質の外化、本質の全体ととらえ、その本質にとってB→B’→B”→B”’→B””→B””’…→Aはその必然的な過程であり、その契機なのである。
ヘーゲルは発展の例によく植物の成長過程を出す。植物の種(胚)から芽が出て、成長するにつれて根や茎や枝が
伸び、葉が茂り、花が咲き、果実が実り、種ができる。植物の種(胚)には後に現れる根、茎、枝、葉、花、果実、
種(胚)などが潜在的に、可能性として含まれており、植物の成長とはそうした可能性が外化し、実現していく
過程なのだ。こうして終わりが始まりに戻ることになる。これが、ヘーゲルの発展であり、
A→B→B’→B”→B”’→B””→B””’…→Aの具体例なのだ。

ヘーゲルはこの運動を「自らの根拠を自己の中に持っている」として必然性の段階とした。
この段階がヘーゲルの内的必然性である。
またこの運動をヘーゲルは発展とし、「発展は本質に帰るような変化のこと」とした。
これは存在論の移行(=変化、外化)の運動と、本質論の反省(=本質に帰ること、内化)の運動を統一した
運動が発展であることを意味する。

しかし、これでは同一種の内部の、つまり同じレベルの繰り返しでしかない。本当の発展は、新たな種が生まれ、
そのレベルが高まることでなければならないだろう。それは植物の胚を例にした発展と何が違うのだろうか。
そうした発展のどこがどう深まったものなのだろうか。
それはA→BのBがAの現象的な否定ではなく、Aの本質そのものの否定である場合だ。つまりその時BはAの本質の
止揚となっており、これこそヘーゲルがBはAの真理だという本当の意味なのであり、それがAの概念なのである。

(3)概念(自由)の生成
これを理解するには、「自らの根拠を自己の中に持っている」として内的必然性とされた発展の運動が、
実は自己否定の運動であることを理解する必要がある。そしてヘーゲルの本当の凄味は、本質実現の発展の運動が、
自己否定の運動であると看破したことにある。

ヘーゲルは発展の運動(A→B)、つまり内的必然性において、BをAの真理と呼ぶ。それは、Aの現象面が否定され、
その奥にある本質が現れたものがBだという理解の上に立っているからだ。
この「否定」の運動という観点で、これまでの段階を振り返ってみるとどうなるか。
実は、一番最初の存在論の変化一般の段階にすでに「否定」の運動が含まれていた。A→Bへの変化とは、Aが否定され
Bが現れたことに他ならない。しかしそれはAとBがただ他者であり、無関係な横並びの存在としてとらえられている
にすぎない。AとBは外的な関係であり、他者として相互に否定し合って存在しているだけだ。
本質論の外的必然性の段階では、Aは自らの内的なBによって否定され、AとBは相互関係としてとらえられている。
Aは外的な他者にではなく、自らの内的なBによって否定されたのだが、他のC、D、E、F…もAの内的な存在であり、
それらによっても否定される。Aは自らの内的な存在によって否定されたのだが、それは依然として他者にとどまって
いるのだ。

それが内的必然性では異なる。Bは Aの内的本質であり、 Aの現象面が否定され、その奥の本質である Bが現れている。
Aにとってその内的本質Bとは自己そのものである。Aの現象面は、その内的本質(自己)に否定され、
その内的本質は外化されていき、ついにはAはその内的本質の全体を実現する。これはAを否定する運動だが、
Aの本質によるAの否定、つまり自己否定の運動なのだ。しかしただの否定ではなく、自己を否定することで
自己を実現(肯定)していく運動なのだ。だからヘーゲルは、Bを Aの真理と呼ぶ。それはAの本質の実現と
同じ意味である。

しかし、これでは同じレベルの繰り返しにしかならない。それは自己否定の運動なのだが、自らの本質という
範囲の内部での自己否定であった。
それが自己の本質そのものの否定にまで突き進んだ時、それは本質の単なる否定ではなくその止揚であり、
それは自己否定の完成であり、自己が滅ぶ時であり、自己を越えた新たな存在の誕生だったのである。
それが真の発展であり、自己を超える新たな存在を生むことがAの使命(Aの概念)だったのである。
「真理とは存在がその概念に一致すること」というヘーゲルの真理の実現がここにある。
こう考えるヘーゲルにとっては、Aの真の否定は Aの中からしか生まれない。ここには徹底的な一元論がある。

ヘーゲルの存在論から本質論、本質論から概念論への3段階(本質論内の外的必然性と内的必然性を入れれば
4段階)を振り返って整理すれば、発展とは存在論(外化)と本質論(内化)の運動を統一的にとらえたもの
であり、それは存在と本質の運動の真理であるとともに、外的必然性の真理であり、それがまずは内的必然性である。
実体(本質)は最初は根拠であり、原因である。そうした外的必然性の段階が深まり、内的必然性、
発展の立場にいたれば、それが実体(本質)の真理、実体の完成態であり、ヘーゲルはスピノザの実体を
この段階のものとしてとらえていた。
そして、ヘーゲルはここまでの運動の全体を「現実性」としてとらえている。これは現実性そのものが自己
運動をしてこの現実世界を形成した運動なのだ。そして最後に生まれる概念が、それらすべての真理という
ことになる。すべての始まりにその概念があり、その展開によって今、また概念にもどったということだ。

こうした全体の運動を、ヘーゲルは真理、概念、理念の自己実現運動、それを自己否定=自己肯定の運動として
とらえ、この自己否定の運動を中心として、実体の全体が捉え直された時、それは実体の中心に自己否定する
運動を認めたことになり、その運動によって生まれる自己を止揚する主体性が現れたことになる。
それがヘーゲルの概念である。
これをヘーゲルは、「実体を主体として捉え直したものが概念だ」「実体の真理が概念である」と説明するのである。

ヘーゲルはさらに、必然性の真理が自由だとも言う。
ヘーゲルは外的必然性と内的必然性をあわせて必然性としてとらえ、それを「盲目」であるとする。それは結果
を事前に予測することはできず、結果から必然性を判断することしかできないからだ。また個々の存在は相互に
自立的に外的に存在しているからである。
しかし概念の段階になると、それはすでに「盲目」の必然性ではない。事前に結果を予測することが出来る。
それが目的的な活動であり、その存在(種)の本質が現れた段階で、古い種の終わり(概念)と次の新たな
種の始まり(本質)が現れてくる。
しかし、ここには、もう1つの主体が必要である。個々の相互に自立しているように見える存在の外観を壊し、
それらを契機として新たに生まれる全体を目的として、それを実現する主体である。そこで地球上に人間が
生まれ、目的的活動、つまり労働が始まったのである。
人間は、対象の本質から概念への必然的な運動を理解し、自らもその実現のための契機として関わっていく。
それが自由であり、それを担うのが人間である。

人間は他の動物のように意識を持つだけではなく、意識の内的二分による自己意識を持った事で、
過去と現在と未来を総合的にとらえる思考を獲得した。発展の論理を自覚し、必然性を理解し、
概念の実現を目的とした上で労働するようになった。それは最終的には、地球から人類が生まれた意味を
理解し、地球や人間の使命を理解でき、それにふさわしく自然と社会を変革していくことになる。
これが「盲目」の必然性が概念的に把握される自由の実現の過程である。
究極的にはこの地球の運動で実現するものが概念であるが、それを可能にする人間そのものが概念である。
人間はこの内化と外化の統一をまさに体現する。それが「自由」の実現である。それまでの外化の歴史が
結果的に内化、本質の実現を意味していたのに対し、人間はそれを自覚的に行う可能性を得た。
この使命の実現のために、人間は自らの認識能力を高め、自らを変革することを中心に置いた上で、
社会を変革し、自然を変革していかなければならない。

(4)ヘーゲルの「現実性」を書き直す
本質論の外的必然性から内的必然性、さらに概念への発展の過程を、私は上記のように理解する。
したがって、「因果関係・相互関係・実体の関係」と「外的必然性・内的必然性」との関係では、
「因果関係・相互関係・実体の関係」を「外的必然性」の内部に位置づけることが正しいと考える。
 したがって、私はヘーゲルの「現実性」を次のように書き直したい。「現実性」の全体は、二部構成で
良いのなら、外的必然性と内的必然性とに二分し、最初の外的必然性の下位形態として実体性と因果性と
相互作用の3つ(第3章の内容)を置く。また、もし三部構成にこだわるのなら、実体(本質)を冒頭に置き、
外的必然性と内的必然性とで三分し、外的必然性の下位形態として実体性と因果性と相互作用の3つを置く。

いずれにしても、牧野がヘーゲルの「現実性」の第3章を核心とし、それに偶然性と必然性(第2章)を
止揚したのに対して、私は第2章こそを中核ととらえ、その第2章の外的必然性の内部に第3章の内容
(実体性と因果性と相互作用)を止揚したいのだ。
牧野が第3章を重視するのは、ヘーゲルの「現実性」の目的を「因果等の必然的関係の証明」にあると考えた
からだし、私は発展の論理と概念の導出が目的だと考えるから、第2章を重視する。牧野が言うように、
因果性と相互作用を「1つのものの2つの部分ないし側面」と理解した時に、「必然的関係」が証明できる。
「全体の契機(モメント)になっている」というありかたこそが、内的必然性の前提になるのはその通りだが、
だからこそ、それは外的必然性の段階ととらえればよいのだと思う。

以上、牧野の『弁証法の弁証法的理解』にある2つの必然性という考えに私見を対置し、
あわせてヘーゲルの「現実性」の改訂についても私見を述べた。

つづく。

4月 06

ヘーゲル論理学の「現実性」について私見をまとめました。
この論考の準備にとりかかったのは2015年の正月でしたから、それからもう1年以上も過ぎたことになります。
その経緯については「はじめに」をお読みください。
本稿は長いし、難しいと思います。「3.ヘーゲルの外的必然性と内的必然性」だけでも読んでみてください。
何かを感じてもらえると思います。

■ 目次 ■

ヘーゲル論理学の「現実性」は、本来どう書かれるべきだったか 中井 浩一

はじめに
1.牧野紀之の改定案
2.牧野紀之の改定案への疑問と『弁証法の弁証法的理解』について
※ここまでを本日に掲載。

3.ヘーゲルの外的必然性と内的必然性
(1)外的必然性
(2)内的必然性
(3)概念(自由)の生成
(4)ヘーゲルの「現実性」を書き直す
※ここまでを4月7日に掲載。

4.ヘーゲル論理学の第2書「本質論」第3編「現実性」の役割
5.ヘーゲルの意図について
(1)ヘーゲルの意図
(2)代案の根拠
(3)ヘーゲルの側の事情
※ここまでを4月8日に掲載。

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◇◆ ヘーゲル論理学の「現実性」は、本来どう書かれるべきだったか 中井浩一 ◆◇

はじめに

2015年の正月は、ヘーゲル論理学の第2書「本質論」の第3編「現実性」を読むことになった。
牧野紀之がこれに言及しているのを読み、それに大いに刺激を受けたからだ。
第3編「現実性」はヘーゲル論理学の核心だと思うが、牧野はそれの改訂という大胆な提案を行なっていた。
私が刺激を受けたのは、その大胆さだけではない。
なによりも牧野の提案のナカミが、私の考えとはずいぶん違っていたのだ。
私はこの際、自分の考えをまとめたいと思った。

その論考は2015年の2月には一応書き上げたのだが、外的必然性と内的必然性の区別、特に内的必然性の
理解が不十分なことを痛感していた。
偶然性と必然性の関係については、これまでに論理学の該当個所を何度も読んで考えてきた。しかし、今一つ
分からないままにあった。それが15年の夏の合宿で、ハッキリとつかむことができたように思う。

ヘーゲルは、偶然か必然かを、自己の根拠を自己の中に持つか、他者の中に持つか、で区別している。しかし
本当の核心は、その根拠をその対象内に持つか、否か、なのだとわかった。
それは言い換えれば、「内に」か「外に」かであり、それは「自己の中」か「他者の中」かの違いと言える。
だからヘーゲルの表現は間違っていないのだが、私にはその表現ではわからなかった。それが今回はわかった。

例えば、ヘーゲルの『小論理学』第24節の付録3では創世記の失楽園の物語が取り上げられるが、そこに
「原罪があるから救済が必要だ」といった表現が出てくる。これは普通の言われ方なのだろう。しかしそれは
まさに偶然性の立場である。必然性の立場なら、「原罪の中にこそ、そこからの救済がある」と言わねばならない。
救済と原罪は別のものではない。相互外在的に存在するのは偶然性である。
悪と善も、別のものではない。悪でないこと、悪がないものが善ではない。悪があって、善もあるのでもない。
悪があるから善があるのでもない。悪の中にこそ、善はあるのだ。善の中にこそ、悪はあると言っても同じだ。
これは神がつくった世界の中になぜ悪があるのか、という問いとも関係する。神はなぜ悪を作ったのか。
この世界を、自ら発展して自己実現していく主体的なものとしたかったからだろう。偽や悪の中に、真理も善も
あるという、世界観だ。

こうして、1年がかりとなったが、2016年の正月に自説の骨格をまとめることができた。慶賀である。
それに肉付けしたのが本稿である。

1.牧野紀之の改定案

牧野のブログの「私の研究生活」(2014年10月24日)には以下が書かれている。
寺沢恒信訳『大論理学2』(本質論初版)の「付論」で寺沢は「〔本質論の〕再版が書かれていたらどうなって
いただろうか」という問題を立てた。寺沢の結論は「再版が書かれたとしても『現実性』は初版とほとんど違わ
なかっただろう」。寺沢がヘーゲルに追従的であるのに対して、牧野はヘーゲルの本質論初版の展開を批判し、
それに代案を出す。

第1章はスピノザ論だとし、それを第3部の最初に置いたのは「ヘーゲルとしては、スピノザの実体・属性・様態の
概念をどこかで扱いたいというか、扱わないわけにはいかない、と考えたのでしょう。しかしどこにどう位置づけ
たらよいか、自信が持てなかったので、ここに置いたのだと判断しました」。第1章を軽く見る点では、私も大きな
違いはない。

問題は第2章(可能性と現実性、偶然性と必然性)と第3章(実体性と因果性と相互作用)の順番と関係なのだ。
牧野は「再版でどうなったか」は分からないと断った上で、牧野なら第3編「現実性」を偶然性と可能性と必然性に
三分し、最後の必然性の下位形態として実体性と因果性と相互作用の3つを置く、と言う。そして、相互作用から
「世界の一般的相互関係」を引き出して、「概念(の立場)」を導出する、と述べている。

牧野が、必然性の下位形態として実体性と因果性と相互作用の3つを置く理由は、「ヘーゲルは因果等の必然的関係を
どうしたら証明できるかと考えた」からだ。そして、「カントの答えでは満足できなかったヘーゲルは、
『1つのものの2つの部分ないし側面』と理解しなければ『必然的関係』は証明できないと気付いたのです
(一番分かりやすい例を出しますと、作用と反作用は1つの力の2つの発現形態ですから、同じになるに決まっている
わけです)」。

牧野は自分の代案について、「要するに、『弁証法の弁証法的理解(2014年版)』の第4節(この「第4節」は
「第2節と第3節」の間違いだと思う。中井)のように」するのだと言っている。この点を確認するために、
牧野の『弁証法の弁証法的理解(2014年版)』も読んでみた。ここでは必然性に2種類あり、それは外的必然性
と内的必然性だとする。そして、外的必然性=相対的必然性=偶然性=可能性=根拠とし(「要するに、外的必然性
と偶然性と可能性と根拠とは、どれもみな、同じ一つの事態を別々の角度から見たものにすぎない」)、
それに内的必然性=絶対的必然性を対置する。外的必然性で考える立場は「悟性」=「有限な思考」であり、
内的必然性で考える立場が「理性」=「無限な認識能力」だとする。
「内的必然性とは何か。『AがあればBが結果する』というのが外的必然性であった。それは又『Aがあっても
同時にCがあればBは結果しない』ということでもあった。従って、或る事物の『内的必然性』とは、もはや、
或る対象の存在を前提してその原因を探るのではない。それの存在する必然性を追求するのである。或る原因が
あればその対象が生まれるだろうというのではない。その対象が自分の内なる本質によって『必ず生成する』と
いうのである。即ち『生成の必然性』である。だからこそ、それは又因果の必然性のような相対的必然性との対比
では『絶対的必然性』とも言うのである」。
「それはどのようにして可能なのか。もちろん、その対象と関係した全ての事柄を見る以外にない。
部分を見ただけでは、それの生成を妨げる他の要因を見落とす可能性があるからである。しかも、『全体を見る』
と言っても、それを『静止した全体』としてではなく、『歴史的に発展する統体』として見なければならない。
即ち、歴史的な見方であり、同時に一元論的な考え方である。二元論や多元論では或る事柄の生成の必然性は
絶対に証明できない。従ってヘーゲルの弁証法はその本性そのものによって相対主義や多元論とは無縁である」。
以上が牧野の説明である。

2.牧野紀之の改定案への疑問と『弁証法の弁証法的理解』について

外的必然性と内的必然性の理解において、私は牧野には賛成できない。それについては後述するが、
『弁証法の弁証法的理解』を読み直して、その叙述方法にも疑問を感じた。その叙述が悟性的なものではないか
ということだ。必然性に2種類あることを述べ、外的必然性に内的必然性を対置する。しかし本来は、外的必然性
から内的必然性を必然的に導出するのが「生成の必然性」にかなった展開ではないか。4節の能力の話も、3節までの
展開からの必然的な導出になっていないと思う。
それは牧野が「私の研究生活」で示した代案でも同じで、そこに発展の論理の説明がないのは不十分だと思った。
それでいて、突如として「発展」という用語が出てくる。「『全体を見る』と言っても、それを『静止した全体』
としてではなく、『歴史的に発展する統体』として見なければならない」。これは恣意的で偶然的な叙述であり、
必然的な展開ではない。

「私の研究生活」の代案でわからなかったのは、牧野の2つの必然性の理解と、第3編「現実性」を「偶然性」
と「可能性」と「必然性」に三分し、最後の「必然性」の下位形態として実体性と因果性と相互作用の3つを置く
という考えの関係だ。外的必然性=相対的必然性=偶然性=可能性に、内的必然性=絶対的必然性を対置する牧野は、
第3編「現実性」の「偶然性」と「可能性」をどう展開するのだろうか。その両者が外的必然性を成しているなら、
内的必然性の下位形態として実体性と因果性と相互作用の3つを置くことになろう。しかし因果性を牧野自身は
外的必然性=相対的必然性としている。牧野の提言の内容がよく理解できない。

それにしても、今回『弁証法の弁証法的理解(2014年版)』を見て、「2014年版」とあるのに驚いた。
旧版の「弁証法の弁証法的理解」は、1971年に『労働と社会』に収録され、その30年後の『西洋哲学史要』
(波多野精一著、牧野再話。未知谷刊、2001年)にも転載されている。30年間、その基本の考えに変化がないと
いうことだろう。それが今回改訂された。「2014年版」は「特にその第四節に満足できなく成りましたので、
そこを主にして書き換え」たものだという。
何が変わったのかが気になり、旧版との違いを確認した。内容は大きくは変わっていない。2節と3節がそれぞれ
外的必然性と内的必然性に対応しているのは同じだ。最後の4節に「能力としての弁証法」を詳しく書いたのが
大きな変更点だ。ついで3節の内容が詳しくなっている。
私は旧版をこれまでに何度も読んできた。この約40年も前に書かれた文書の内容が、今も大きな変化なく、
牧野の基本的立場の宣言書であり続けていることにまず感心する。それほどに、牧野は早いうちから完成していたのだ。
それは逆に言えば、その後に大きな変化・発展がないとも言える。しかし、2014年版を出したことは、今も改訂
し続ける姿勢を持っていることを示す。

なお、「私の研究生活」で、牧野はヘーゲルの「現実性」における「実体」と言う用語にも言及している。
「この『現実性』には2つの『実体』が出てきます。これをどう考えるかも問題ですが、そう難しくはありません。
スピノザ的実体は、『宇宙の実体は何か。物質的なものか精神的なものか』といった場合の『実体』です。
これを『宇宙論的実体』と名付けましょう。もう一つの『実体』は『機能』に対立する実体です。機能や性質の
担い手としての実体です。Substanzen(諸実体)という複数形が出てくるのはそのためです。これを『個物的実体』
と名付けましょう」。
こう指摘されると、私にはこの区別があいまいだったことがわかる。ここからは学んだ。

つづく。

3月 31

東京国立博物館で4月28日(火)?6月7日(日) 特別展「鳥獣戯画―京都 高山寺の至宝―」が開催される。
国宝「鳥獣戯画」の実物を見るチャンスだ。

実は、この特別展は、昨年秋に京都で開催されていた。
それの巡回なのである。

私は昨年、京都にこの展覧会を見に行った。
そこで感ずるところがあり、それをきっかけに、考えたことをまとめた。

それはすでに昨年2014年10月28日のブログに掲載した。

本日、再度、掲載しておく。

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高山寺明恵上人の「阿留辺畿夜宇和(あるべきようわ)」 中井浩一

2014年10月16日に、京都博物館で「国宝鳥獣戯画と高山寺」展を見た。
高山寺の明恵上人を改めて強く意識した。
鳥獣戯画が高山寺に残された背景に、明恵が存在していることを意識したからだ。

明恵については以前から気になっていた。
河合隼雄が『明恵 夢を生きる』を出していて、
明恵が青年期から晩年まで膨大な夢日記を残していることを知っていたからだ。

今回の展示で、
明恵が傍らに置いていたイヌやシカの彫刻も愛くるしかったし、
聖フランチェスコのような「樹上座禅図」(明恵が自然の中で、リスや鳥たちに囲まれて座禅をしている)も面白かったし、
「仏眼仏母像」(明恵が身近に 置いた持仏像で、亡くなった母と仏が重なっている)も鮮烈だった。

展示の中で気になったのは、
明恵が周囲に置いていた画僧と協力して華厳宗の新羅の2人の坊主を主人公にした2つの絵巻(国宝です)を作っていたことだ。
なぜ、中国の偉い僧でなく、新羅の僧なのか。

帰ってから
白洲正子の『明恵上人』
河合隼雄の『明恵 夢を生きる』
上田三四二『この世 この生』の「顕夢明恵」
を読んだ。
いずれも面白かった。

新羅の2僧は、明恵の自己内の2つの自己なのだとわかった。

今回、初めて華厳宗に触れた。
華厳宗についてはまだ不明だが、
「あるべきようわ」を問う明恵には、強く共振するものがある。

「阿留辺畿夜宇和(あるべきようわ)」は明恵の座右の銘であり、「栂尾明恵上人遺訓」には以下のようにある。
 「人は阿留辺畿夜宇和(あるべきようわ)の七文字を持(たも)つべきなり。僧は僧のあるべきよう、俗は俗のあるべきようなり。乃至(ないし)帝王は帝王のあるべきよう、臣下は臣下のあるべきようなり。このあるべきようを背くゆえに一切悪しきなり」。

 河合隼雄は『明恵 夢を生きる』で次のように説明する。「『あるべきようわ』は、日本人好みの『あるがままに』というのでもなく、また『あるべきように』でもない。時により事により、その時その場において『あるべきようは何か』と問いかけ、その答えを生きようとする」。

「あるがママ」でも「あるように」でもない。
他方で、「あるべきように」でもなく、
「あるべきようわ(何か)」という問いかけである。

「ある」=存在 を問うことが、生き方(当為)を決める点が、真っ当だと思う。
「ある」といっても、ただの現象レベルが問題になるのではない。
存在の本質に迫ろうというのだ。そのためには、現実や自分や他者に働き掛けつづけなければならない。

「あるべきようワ」という表現には、「あるべきよう」を自他と現実社会に問いづけ、存在=現実=理念の形成を促し、その中に参加し、没入しようとする、明恵の姿勢がはっきりと示されている。

存在と現実と理念が1つであること、
夢(無意識)と現実(意識)が1つであること。
明恵はそれをよく理解し、それを生きたようだ。
つまり理念を生きたと言えるだろう。
私はヘーゲルを思っていたが、
その点になると、
河合はバカな二元論者になってしまうと思った。

明恵は栄西などの宗教者だけではなく、西行とも親しかったようで
すごい歌がある。

あかあかやあかあかあかやあかあかや
あかあかあかやあかあかや月

これはまさに
言葉が生まれるところから
生れていると思う。

2014年10月28日

12月 06

アダム・スミス著『国富論』から学ぶ (その6)  中井 浩一

■ 目次 ■
第7節 歴史と先人から学ぶこと
1.「労働商品」という矛盾
2.不生産的労働と生産的労働
3.矛盾から逃げない人
4.歴史から学ぶ 過去の遺産を継承発展させる
5.工業化の時代という限界
6.「学者バカ」マルクス

なお本稿での『国富論』の該当個所や引用は中公文庫版による。
1巻の15ページなら【1?15】と表記した。
『剰余価値学説史』については国民文庫版を使用した。
1巻の15ページなら《1?15》と表記した。引用文中で強調したい個所には〈 〉をつけた。

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第7節 歴史と先人から学ぶこと

スミスをマルクスがどうとらえていたか、スミスからマルクスが何を学び、何を乗り越えようとしたのか。
そのマルクス自身による説明は、マルクス著『剰余価値学説史』の第3章に詳しい。
ここではスミスがあらゆる面において二面性を持っていることを示し、
直接には労働価値説から2つの価値規定(矛盾)を示し、そこから剰余価値を導き出している。
これが後に『資本論』第1巻としてまとまる。

第4章は『国富論』の第2篇から不生産的労働と生産的労働をテーマにし、
スミスおよびスミス以降の論争を取り上げている。
しかしその論争参加者を「二流どころ」だといい、「
重要な経済学者はだれも参加していない」という《2?49》。
3章のテーマこそが核心で、4章のテーマは補足的なものだと考えているのだ。
したがって、まず第3章を検討する。

1.「労働商品」という矛盾

マルクスは、スミスの「労働商品」という矛盾(労働価値と労働者の生活費としての賃金のズレ)を、
「剰余価値」を示すことで解決したと考えている。
言い換えれば、資本家による賃金労働者の搾取と両者の絶対的な対立構造のことだ。
そして、この「剰余価値」(資本家の搾取の秘密)の発見が自分の経済学への貢献だと見ていた。
つまり、スミスを発展させたのが自分だと考えていたのだ。

マルクスの「剰余価値」の発見の前提はすべてスミスにある。スミスがすべてのおぜん立てを整えてくれていた。

 『国富論』第1編には、交換価値と使用価値(4章。【1?51】)、
労働価値説(5章。【1?53?58】)、最低賃金の意味(8章。【1?116】)。

ここで、すべての商品の中で、労働力という商品だけが、使用価値と交換価値が一致しないことが
潜在的に示されている。その矛盾を全面的に展開して見せたのがマルクスである。つまり、スミスが
矛盾を示したからこそ、マルクスがそれを解決できたのである。

マルクスは、スミスが労働価値一般と労働力という商品の矛盾を把握していたことを高く評価する。

「A・スミスは、諸商品の交換を規定する法則から、外観上はそれとまったく対立し矛盾する原理に
基づく資本と労働との交換を導きだすのに、困難を感じている。また、資本が、労働能力にではなく
労働に直接に対置されるかぎり、その矛盾は解明されるはずもなかった。労働能力がその再生産と
維持とのために費やす労働時間と、労働能力そのものがなしうる労働とが非常に違うということは、
A・スミスにはよくわかっていた」《1?112》。

そして、矛盾がわかっていながらも、労働価値説そのものを堅持し続けたことも評価するのだ。

「しかし、こうした不確実さや、まったく異質的な諸規定のこうした混同が、剰余価値の性質や
源泉に関するスミスの研究を妨げていないということは、それに続く叙述によってわかるであろう。
というのは、彼は事実上、意識していなかったにしても、彼が議論を展開している箇所ではどこでも、
商品の交換価値の正しい規定?すなわち、商品に費やされた労働量または労働時間によるそれの規定?
を固持しているからである」《1?109》。

マルクスの批判は、スミスが矛盾を一般的な形では示せず、特殊な形態の話としてごまかした点にある。

「A・スミスは、剰余価値、すなわち、遂行された労働でしかも商品に実現されている労働のうち、
支払われた労働を越える?その等価を賃金で受け取った労働を越える?超過分たる剰余労働を、
一般的範疇としてつかみ、本来の利潤および地代はそれの分身にすぎないとしているのである。
それにもかかわらず彼は、剰余価値そのものを独自の範疇として、それが利潤や地代として受け取る
ところの特殊な諸形態からは区別しなかった。このことから、彼の研究上に多くの誤りと欠陥が
生じている」《1?53》。

だから、マルクスは逆に、矛盾を普遍的な形で示すことを目的とする。
そのためには、スミスがしたように労働価値一般を普遍的な実体としてしっかりと展開し、
その上で労働商品の特殊性を一般的に示すことになる。実際にそれを行ったのが、
マルクスの『経済学批判』(岩波文庫)の第1章「商品」や『資本論』における商品、資本の展開だ。

マルクスは最初に交換価値の普遍的な運動を示し、次に「労働という商品」の特殊性を示すという2段階を用意し、
第1段階の普遍性を徹底的に明らかにしようとする。それによって、労働という商品の特殊性が浮き上がるからだ。

 第1段階では、商品の交換価値=商品に費やされた労働量(労働時間)を示す。ここから貨幣の成立を導き出す。

 それを踏まえた上で、「労働」という商品の特殊性(労働量に比例した交換ではないこと)を
徹底的に明らかにする。それが「剰余価値」の発見になる。

2.不生産的労働と生産的労働

 さて、こうしたマルクスの立場に立てば、不生産的労働と生産的労働の問題の回答はすでに出ている。

 スミスでは、この区別の基準は「価値を作る」物、つまり市場で「交換される」商品になる物か
どうかである。したがって、それは内容上での区別になる。しかし、商品かどうかに、本来は内容は
一切関係ない。可能性としてはすべてが商品になるからだ。それが現実化するかどうかは条件(偶然性)
次第であるにすぎない。「可能性からいえば、これらの使用価値もやはり商品である」《2?31》。

 結局、資本(剰余価値)のための労働か否かという形式面での区別をするしかない。
家事労働をスミスは非生産的労働としたが、現代では家事のすべてが商品化されている。
日常の食事もデリバリで配達する。妊娠や出産までがビジネスになる。その時それらのすべてが「生産的労働」だ。

ちなみに、私は家事労働が非生産的労働だという主張で、「専業主婦」が気になった。
主婦の位置、家庭の位置が気になる。梅棹忠夫の「主婦不要論」が大きな論争を巻き起こしたのはなぜだったのか。
専業主婦とは歴史的存在で、大家族制度の下では存在しなかった。
それは高度経済成長下の核家族の成立下で生まれた、極めて特殊なものだったのではないか。
「扶養者控除」「配偶者控除」が設けられ、専業主婦の家庭には税金が控除されるとした法律は、
その事態を確認するものだろう。

なお、マルクスが資本家は本質的にはケチであり《2?251》、
それは資本家が「資本の機能者」《2?40》「人格化された資本」《2?251》だからだと説明する。

「資本家の本質は資本」というマルクスの主張には納得だった。
彼らは資本の論理で生きていて、それに支配される。したがって、ケチなのだ。原理的にケチなのだ。
それ以外には生きられない。しかし、ケチの素晴らしさもあったのではないか。

3.矛盾から逃げない人

 さて、スミスとマルクスの関係だが、マルクス自身が、スミスが矛盾を明確に示したので
自分がそれを解決できた、と証言している。だからマルクスはこの点でスミスを高く評価している。
それはスミスが経済学の説明で自己矛盾を示し、後に大きな課題をもたらしたからだ。

「A・スミスの諸矛盾がもつ重要さは、それらが、いろいろな問題を含んでいるということである。
その問題を、〈彼はなるほど解決してはいないが、しかし自己矛盾をきたすことによって表示している〉。
この点における彼の正しい本能は、彼の後継者たちが相互に、あるときは一方の面を、
あるときは他方の面を取りあげているということによって、最もよく証明されている」《1?252》。

それはスミスが矛盾に直面した時に、そこから逃げないことへの評価である。
矛盾に当惑し、煩わされることができた、として評価するのだ。。

「A・スミスの偉大な功績は、彼がまさしく、第1篇の諸章(第6,7,8章)において、
単純な商品交換とその価値の法則から、対象化された労働と生きている労働とのあいだの交換に、
資本と賃労働とのあいだの交換に、利潤および地代一般の考察に、要するに剰余価値の源泉に移るさいに、
ここに〈一つの裂け目の現われることを感知している〉こと、すなわち ?どのように媒介されるにせよ、
といっても、この媒介を彼は理解していないのであるが ? その法則が結果においては事実上廃棄されて、
(労働者の立場からは)より多い労働がより少ない労働と、(資本家の立場からは)より少ない労働が
より多い労働と、交換されることを感知していること、そして、資本の蓄積および土地所有とともに?
したがって労働条件が労働そのものにたいして独立化するとともに?1つの新しい転換、外観的には
(そして実際には結果として)価値法則のその反対物への急転、が生ずることを、
彼が強調し、そしてこのことのために〈彼が文字どおり当惑している〉ということ、である」《1?141》。

それはどういうことか。多くの人は、矛盾に直面すると、それに耐えられず、
安易な解決でごまかすということだ。マルクスはリカードをそうした例に挙げている。

「リカードがA・スミスよりすぐれているのは、これらの外観上の、結果的には現実の矛盾によって
惑わされていないことである。彼がA・スミスより劣っているのは、ここに一つの問題のあることに
まったく気づいていないということ、したがって、価値法則が資本形成とともにとるところの特殊な発展によって、
ほんの一瞬のあいだも当惑させられることなく、煩わされもしていないということである」《1?141》。

リカードは普遍的な原理として考えていた。
頭の良い人は、ほとんどがそのように抽象化で大きな概念で包み込み、矛盾が見えないようにする。
または小器用な理屈付けで、ごまかそうとする。スミスは違う。
一般化をせずに、最後まで矛盾を手放さない。非常に要領が悪く、頭が悪いように見える。
破綻を破綻のままに放置していて平然としている。

リカードとスミスの違いの核心は、スミスが資本主義社会の段階の特殊性に気づいていたということだろうが、
それは歴史的視点を身につけていたからか?スコットランド学派の影響か? 
否、そうしたことよりも、スミスは自分の実感(おかしい)に忠実で、それを誤魔化すことはできなかったのだ。

 私は、ヘーゲルのカント批判(評価)を思い出した。
ヘーゲルは、カントが矛盾を徹底的に押し詰めて「絶定的な矛盾」として示したことから、
初めてそれを逆転させることができた。大論理学の目的論のカント批判を読むと、それがよくわかる。
カントの「頭の悪さ」はカントの真実への誠実さの表れである。
カントは自分の理論がきれいに整うことなど眼中にない。ぶざまでも平気なのだ。
それが真理に誠実であることならば。
こうしたスミスやカントのような存在を知ると、世間の多くの人は、
その反対の頭の良い人ばかりであることに気づくだろう。

4.歴史から学ぶ 過去の遺産を継承発展させる

スミスやマルクスが、自分の思想をどのように作り上げたかを知れば知るほど、
歴史や先人から学ぶことの重要さを改めて噛みしめることになる。
人は、過去の遺産に学び、それを継承発展することができるだけなのだ。

マルクスも、過去の先人たちの検討から自説を出しただけだ。
マルクスが『資本論』を執筆するまでの過程の順番は、実際の篇別構成とは逆になっており、
経済学史の研究(「剰余価値学説史」)から始まっている(マルクス・エンゲルス全集編集部の「序文」から)。

学問は先人たちの蓄積の上にあり、それを発展させることしかできない。
それができるかどうかだけが勝負なのだ。マルクスはスミスが示した矛盾を解決するために、
「剰余価値」を発見し、それだけを自分の功績だとした。

 それはスミスも同じだ。
スミスの大前提には、交換価値と使用価値の対立、交換価値が貨幣に集約されるという考えがある。
それは、すでにアリストテレスが指摘しているのだ(アリストテレス『政治学』第1巻の9章)。
また、最低賃金が労働者の生活維持と再生産のコストだという指摘も、スミス以前の重農主義のものだ《1?106》。
スミスはアリストテレスにはできなかった労働の価値一般を定式化できた。
労働力という商品の矛盾を示すこともできた。こうした前提の上に、マルクスが『資本論』を残すことができた。

5.工業化の時代という限界

 人はすべて、自分の時代の限界、発展段階の限界を越えることはできない。
スミスにもマルクスにも、同じ限界がある。
彼らが生きたのは、工業化が課題の中心だった時代だということだ。それを相対化することはできなかった。

つまり、工業化によって均一の単純労働が、労働の中心になり、賃金労働が労働の中心になった。
「スミスの表現からその素朴な言い方を取り去ってしまえば、彼が言っていることは、次のことにほかならない。
すなわち、資本主義的生産は、労働条件が一階級のものになり、労働能力の自由な処分だけが
他の一階級のものとなる瞬間から始まる、ということである。」《1?123》。

これが実現していたからスミスやマルクスの考えが成立した。
しかし、それは農業の没落の上に成立した。農業の真理が商工業であった。
その「工業」の歴史的位置、その意義と限界が、2人には見えなかった。
マルクスにはスミスの農業論、都市論、工業・商業論の限界を指摘できなかった。2人は、同じ段階に立っていたからだ。

これは当時の工業化が未発達で、資本主義社会としても未完成の段階だったことからの必然的な結果でもある。

6.「学者バカ」マルクス

今回『剰余価値学説史』を読んで、マルクスへの大きな疑問を持った。
マルクスは瑣末な詮索に熱中し、本当にすべきことをおろそかにしたのではないか、
社会主義革命運動の全体像や自分の課題の意味を見失いがちだったのではないか、ということだ。

『剰余価値学説史』では、核心的な問題の3章よりも、周辺的な問題だと自分で言っている4章の方が長大である。
その4章ではスミスに言及しているのは60ページほどで、他のバカたちについて200ページも言及する(文庫版)。
バカを相手にしてどうするのか。

マルクスは、学説史の研究で大きな論点だけを押さえたならば、さっさと『資本論』を完成するべきだった。
そして運動上の問題や組織の問題に取り組むべきだった。それらができなかったことは、
マルクスの生き方として大きな問題ではないか。マルクスにも「学者バカ」の側面が強固にあったのではないか。

2014年11月7日