7月 10

 例年、夏になると八ヶ岳でゼミの合宿を行ってきましたが、
 今年は、形を変えて、東京で2日間の集中ゼミという形で実施します。

一部のみの参加も可能です。参加希望者は、早めに連絡をください。

(1)日程
8月24日(土)、25日(日)

(2)場所は鶏鳴学園です

(3)学習内容
?ドイツ語の原書購読は行いません。

?翻訳での読書会を行います。
テキストはマルクスの『資本論』。
範囲は第1巻第1部の第1篇「商品と貨幣」と第2編「貨幣の資本への転化」でし。
テキストは大月書店の国民文庫で用意してください。

?文章ゼミと「現実と闘う時間」(各自の報告会)

(3)スケジュール
8月24日(土)
午後1時から5時までマルクス読書会
午後6時から9時まで 文ゼミと「現実と闘う時間」

25日(日)
午後2時から6時までマルクス読書会
午後7時から「食事会(打ち上げ)」

(4)参加費
マルクスの読書会は1日で5千円。2日で1万円
文ゼミは一般参加者は2千円

7月 09

7月3日に、静岡県富士市の唯一の市立高校である、富士市立高校で講演をしま
した。

志望理由書、小論文を書く前の、生徒の課題意識を引き出す指導についての講演
でした。

ただし、国語科の先生方が対象ではなく、全教員が対象だったのが、この学校の
特色と関係します。

この高校は以前は商業高校だったのですが、生徒募集も難しくなり、学校改革に
着手し、平成23年度入学生より学科改編を行いました。2013年度で3年
目、初めての卒業生を送り出します。

 地域に結び付いた学校、生徒の進路・進学の夢実現に、全教員が一丸となって
取り組む学校が、その理念です。

前身が商業科の高校で、就職する生徒が大勢を占めていたため、富士市立高校と
して初めての卒業生を送り出す山場の3年目を迎え、進学を目指す3年生へのサ
ポート体制が十分でないことが、課題だったようです。

推薦入試、AO入試などを活用して進学を考える生徒の割合が高いようですが、学
校の組織として、小論文、志望理由書、面接などへの対応の積み重ねがないこと
が、先生方にとっての不安になっていたようです。

また、これまで実施してきた小論文等の文章指導を通して、小論文の型にはめる
ような指導では、生徒の課題意識を引き出すことが難しいことも、指導への不安
を大きくしていたとうかがいました。

そこで、私の登場になるのですが、
生徒の問題意識を育てるための現場取材から聞き書き、それから意見文
や小論文、志望理由書や面接に備える方法をお話しました。

「生徒の進路・進学の夢実現に、全教員が一丸となって取り組む」ことは理想で
すが、なかなか難しいのが現状です。理想を実現する方法と力を、先生たち自身
が生徒たちに見せつけてほしいと思います。先生方のご健闘を祈り、富士市立高
校の1期生たちの成果を期待しています。

7月 04

私は、高校作文教育研究会という高校段階の表現指導の研究会を組織しています。
 その夏の全国大会のご案内です。

日本作文の会の全国大会3日間の内の2日間を
高校分科会として
わが高校作文教育研究会が企画運営します。

今回はいつもと少し違います。

私は鶏鳴学園の表現指導の考え方をお話ししますが、
実際に鶏鳴学園で学んだ大学生が、鶏鳴学園の指導方法で自分に何が起こったの
かを語ります。

2つの報告がジャズのセッションのように響きあうとよいと思います。

会場が東京ですので、参加しやすい方が多いと思います。
是非、おいでください。

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第62回全国作文教育研究大会
(2013年埼玉・関東大会)

今夏の全国大会は8/3?5、さいたま市と板橋区で開催。

高校分科会は、8/4?5、東京都板橋区大東文化大学板橋校舎で開催。

 8/4の夜の懇親会では、国分一太郎研究家の田中定幸さんに、綴方教育の先駆者であり理論的指導者であった国分一太郎について語ってもらいます。
 
■期日・会場 
8月3日(土)      埼玉県さいたま市 埼玉会館
  8月4日(日)?5日(月)東京都板橋区 大東文化大学板橋校舎

■高校分科会 発表者名と報告の概要
※ 高校分科会は、8/4?8/5正午まで、2日間実施されます。
?僕を変えた「聞き書き」?鶏鳴で学んでみて?  東京 掛 泰輔(大学2年)
不登校だった僕の、約1年にわたる、鶏鳴で指導を受けた聞き書きの報告。僕の聞き書きの体験は、まず、高校を辞めたことを家族と話し合うことから始まった。次に、大学で何を学ぶのかが僕のテーマとなった。僕 は3.11の前から原子力発電 に関心があったので、原発関係の聞き書きを行った、その報告。

?高校生の成長と作文教育          東京 中井浩一(鶏鳴学園)
高校生の成長と作文教育の関係を考えてみたい。今の高校生の課題は何か。作文指導において、どこに、どういった高校生たちの成長への契機があるのだろうか。教師はそれをどうとらえ、どう理解していけばよいのだろうか。鶏鳴学園は私塾だが、そこでの経験から考えてきたことを、実際の生徒作品を交えながら報告したい。

?現代文における作文指導?聞き書きを中心にして? 
神奈川 冨田 明(有馬高校)
現代文は文章読解が中心になりますが、教材読解後に、可能な限り何らかの形で書かせるようにしています。また、長期休みには聞き書きや読書レポート等の課題を出しています。今回は1年または2年間の現代文(1年次は国語総合の現代文分野)の授業で取り組んだ作文の指導過程を整理して、各課題で生徒が書いた作品を紹介します。

?情動と綴ること              鹿児島 中俣勝義(専修学校)
 専門学生の文学や教育学の講義を通してのレポートや講義感想のなかで、たびたび感情ということばとぶつかることが多かった。今回の報告は学生たちが使う感情を情動の視点から整理し直し、改めて綴る意味を問うたものである。綴るとは情動を感情化して行く作業ではないか。かなり刺激的で意欲に富んだ提起である。参加して目が覚めます!

■大会の主な日程
8月3日(土)
10:00 開会
10:10 参加者のみなさんへ 常任委員長 松下義一
10:30 映画「かすかな光へ」(大田尭先生 あいさつ)
12:00 昼食 休憩
13:00 みんなに届け!東北・福島の声
太鼓集団「響」―魂の音探し― 秩父屋台囃子
13:30 共同討論
「子どもたちの表現は何をひらくのか?さまざまな困難の中で?」
15:00 記念講演 
      「子どものこころを育むこと?精神科医の視点から?」
                    精神科医 香山 リカ
16:45 閉会・連絡
17:00 世話人・発表者打ち合わせ
17:45 終了
 (18:30?20:00  会員総会)

8月4日(日)
9:00 分科会開始
16:30 終了

8月5日(月)
 9:00 分科会開始 ※高校分科会は1日半、行われます。
12:00 昼食・休憩
13:00 全体会
      特別講演
      「差別と戦争をなくすために?おしばいとおはなし?
       ―ふるえるような怒りの奥底に
               すがるような生命の願いがあった―
                     俳優 有馬 理恵
14:30 閉会集会
15:00 散会

■参加費 前売り5,000円(当日5,500円) 

6月 05

6月以降の読書会と文章ゼミの日程はすでにお知らせしたように、以下です。
いずれも午後5時開始。料金3千円(文ゼミのみの場合は2千円)。場所は鶏鳴学園です。

6月8日 読書会と「現実と闘う時間」 
6月22日 文ゼミと「現実と闘う時間」
7月6日 読書会と「現実と闘う時間」 
7月20日 文ゼミと「現実と闘う時間」

7月の読書会テキストが決まりました。

7月の読書会では、さらにマルクスの方法について考えるために、牧野紀之と許萬元の以下の3つのテキストを読みます。
現代日本の研究者で、ヘーゲルやマルクスについて考える時に参考になるのは、牧野紀之と許萬元の2人だけだと思います。

 牧野紀之「許萬元のヘーゲル追考論」(A4で11ページほど)
 許萬元の『ヘーゲル弁証法の本質』から第3編「マルクス弁証法の本質」(35ページほど)
 許萬元の『認識論としての弁証法』第3編の?「学的認識の論理」(50ページほど)
を読みます。

 許萬元の2冊は品切れになっているようです。図書館でコピーしてもいいですし、購入したければ、古書として青木書店版か創風社版で入手できます。
 牧野のテキストは、参加者にはお渡しします。

5月 17

2010年から、私のゼミで関口存男の冠詞論と取り組んできた。不定冠詞論から始めて、定冠詞論をこの4月に読み終えた。
 この世界一の言語学から学んだことをまとめておく。
 
1.名詞がすべてである ― 関口冠詞論から学ぶ ―  中井浩一
2.判断の「ある」と存在の「ある」の関係 中井浩一

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判断の「ある」と存在の「ある」の関係
                     中井浩一
目次
1.問い
2.判断とは名詞が主語と述語部に分裂すること
3.存在の「ある」
4.存在の「ある」から判断の「ある」が生まれた →本日5月17日
5.すべての動詞は名詞の分裂から生まれた →本日5月17日
6.判断の「ある」と存在の「ある」についての関口存男の意見 →本日5月17日 

                                    
4.存在の「ある」から判断の「ある」が生まれた

ではこの存在の「ある」は、判断の「ある」とどう関係するのか。
上記の判断の形式は、結局、存在の「ある」から生まれた、というのが私見である。

Die Blume ist rot.    この花はある 赤い(赤く、赤)。 
Die Blume ist shoen.  この花はある きれいだ(きれい)。
Die Blume ist klein.   この花はある 小さい(小さく)。
Die Blume ist ein Rose. この花はある バラ。 

Die Blume ist(「この花は(が)ある」)とはDie Blume (「この花」)と同一なのだ。
そして、「この花」から外化した、「赤い」「きれい」「小さい」「バラ」などの諸性質、本質を「この花は(が)ある」の外に外化させる。これが判断の形式だ。
存在の「ある」を入れることで、分裂と外化を明示しているとも考えられる。
さきに、「ある」には具体的な内実はなく、その上に付け加わる「赤い」「きれい」「小さい」「バラ」によって初めて具体的な諸性質が表されると述べた。これは、「ある」がその次に具体的な諸性質を誘導する役割を果たしているとも考えられる。
だから、極端に言えば、判断の「ある」はなくてもよいのである。事実、これがなく、主語と述語部をぶっつけて置く言語(ロシア語)があることを、世界的ドイツ語学者の関口存男は示している(『不定冠詞』249ページ)。

なお、日本語の場合を考えると、日本語の判断では「ある」が最後に置かれることだけが、西欧語と違うことがわかる。
この花はある バラ。と表現する西欧語に対して、
この花は バラ である。と表現するのが日本語なのだ。「この花」と「ある」の間に、「バラ」「赤い」「小さい」などを入れてしまうのだ。
 外にぶつける西欧語と、内に含みこもうとする日本語の違いだ。

                                     
5.すべての動詞は名詞の分裂から生まれた

 今、特別な動詞「ある」について考えたが、他の動詞はどうなのか。

(5)Die Blume ist.
(6)Die Blume riecht.
(7)Diese Blume zieht Leute an.

(6)この花はにおう。
(7)この花は人を引き付ける 

(6)と(7)の動詞、動詞部分も、実は「ある」と同じなのだ。つまり、「この花」の諸性質が外化したものでしかない。普通はこれを判断とは呼ばないが、実は同じ分裂が起こっているのだ。ここからわかるのは、動詞であろうが、形容詞や名詞であろうが、述語部に来るすべての品詞は、主語に置かれた名詞からその諸性質として外化したものでしかないのだ。その意味では、動詞は決して特別なものではないのだ。

                                        
6.判断の「ある」と存在の「ある」についての関口存男の意見

関口存男は、判断の「ある」と存在の「ある」について『不定冠詞』で次のように述べている。
「真の基礎的な述語文と思われているSie ist schön, Ich bin muede.等にしてからが、実を云うと此のist,bin の素姓は、本当の繋詞的seinではなく、実は存在のseinなのである。Sie ist schönは、実は「彼女はschönとして存在する」のであって、その関係はSie bleibt schön, 「彼女はschönとしてとどまる」と同じことなのである」(『不定冠詞』249ページ)。
関口も、存在の「ある」から判断の「ある」が生まれたと主張しているのだ。しかし、関口は存在の「ある」がどこから生まれたのかを、説明できなかった。両者を名詞の分裂から統一的に理解することはできなかったのである。
(2013年4月19日)