5月 12

アリストテレスの『形而上学』から学ぶ  その2

 ■ 今回掲載分の目次 ■

 (3)「自然科学オタク」としてのアリストテレス
 (4)アリストテレスの著作の読み方と、
    『形而上学』のアリストテレス哲学体系における位置
 (5)アリストテレスの問題への向き合い方

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◇◆ アリストテレスの『形而上学』から学ぶ 中井浩一 ◆◇

(3)「自然科学オタク」としてのアリストテレス

 アリストテレスとプラトンの対立の意味については、すでに多くの人が考えてきた。
カントは「アリストテレスは経験主義者たちの頭目と、
またプラトンは理性主義者たちの頭目と見なされうる」
(『純粋理性批判』「純粋理性の歴史」)と言っている。
アリストテレスに経験主義者の面は強い。『形而上学』冒頭の有名な箇所からは、
アリストテレスの感覚への偏愛が確認できる。

  「すべての人間は、生まれつき、知ることを欲する。
   その証拠としては感官知覚〔感覚〕への愛好があげられる。
   というのは、感覚は、その効用をぬきにしても、すでに感覚すること
   それ自らのゆえにさえ愛好されるものだからである」(1巻1章)。

 これはアリストテレスがいかに感覚を愛し、その対象の自然と
自然研究を愛していたかを示すだろう。1960年代、70年代の
カウンター・カルチャーでは「いま、ここ」がスローガンになったが、
この考えを確立したのは、アリストテレスだと言えるかも知れない。

 私はアリストテレスを、「自然科学オタク」として考えるとわかりやすいと思った。
 哲学者には理系的な人と、文系的な人に大きくわかれると思う。
また、実証主義的な人と、理念主義的な人とにわかれるだろう。
アリストテレスは生来、理系的な実証主義者で、オタクだったと思う。
プラトンはその対極にあったのではないか。
そうした違いもその対立の原因だったろう。

 哲学史上で、理系的なのはアリストテレスやデカルトである。
倫理や人間社会の研究が中心なのは、ソクラテス、プラトン、
ヘーゲル、マルクスなどである。

 自然研究は社会研究よりもわかりやすい点がある。対象が
自分と無関係(とりあえず)に存在し、その全体像がつかみやすい。
そこで、自然界の運動、生成・消滅を観察し、統一的な説明をしようとした。
自然の階層性、分類も体系的に考えようとした。その際、まずは
徹底的な実証的研究になるし、アリストテレスはそれが得意だった。

 社会や倫理は、対象が自分自身を内在しており、その全体像がつかみにくく、
観察や実験だけではとらえられない。運動、生成・消滅は、政治闘争、
経済闘争として社会にもあるのだが、その全体像は見えにくく、把握が困難だ。
こちらは観念論的になりやすい。ここにも、自我の内的二分が
アリストテレスからは出てこなかった理由があるかも知れない。

 アリストテレスとプラトンとの対立にはこうした違いが根底にあったと思う。
しかしアリストテレスは、その自分のオタク性を、プラトン主義によって
陶冶したのではないか。そうだ。しかし、そうした資質の一部は暴走し、
枝葉末節へのこだわりとなることもあったのではないか。

 アリストテレスにある矛盾、二面性は、このようにも考えられるだろう。

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(4)アリストテレスの著作の読み方と、
   『形而上学』のアリストテレスの体系における位置

 実際にアリストテレスの著作を読んでみて、その読みにくさには辟易した。
 それはどこから来るのだろうか。

 1つは、それが紀元前の古いものであり、当時は今のような「書き言葉」の
世界ではなく「話し言葉」の世界、オーラルが中心の世界であったことから
生まれるのではないか。

 アリストテレスの著作には、「言われるものども」「?と言われるから」
「?と言われないから」という言葉が繰り返し出てくるのだが、
当時は音声、「語り」が中心の時代であり、文字は、その話し言葉を
記録するという役割が主であり、「書き言葉」本来の意義がまだ十分に
現れていない時代だったのではないか。

 宮本常一の『忘れられた日本人』の世界だと言える。
口承の世界、聞き書きの世界、一人語りの世界なのだ。

 したがって、その読み方は、内容理解以前に、文化人類学的、
民俗学的なものとなるだろう。
近代の著作を読むようには読めないのが当然だ。

 「書き言葉」は、「話し言葉」の反省形態であり、それを整理し、
高め、純化するものだが、当時の書き言葉にはそうした役割が弱い。

 もちろん、当時も著作として意識された文章があり、それはプラトンの
対話編のように読みやすく整い、「話し言葉」を反省したものになっている。

 アリストテレスの著作の読みにくさとは、今日残されているもの
(「アリストテレス大全」)のほとんどが講義のメモ、草稿であり、
完成された著作ではないという点にもある。さらには、
書かれた時代も異なる草稿類を、後の人が編集したものであることが、
いっそうわかりにくくしている。

 アリストテレスの著作には「ところで」で文や段落をつなぎ、
前後の論理的関係が示されないことが多い。接続詞が変な箇所も多い。

 これはそもそもが「語り」だからなのか、「メモ」「草稿」類だからなのか、
他者の編集だからなのか。もちろんそれらも理由だろうが、
当時は「書き言葉」によって、構想全体を立体的に
整理し直すようなことができなかったのだろう。

 アリストテレスは対概念をたくさん使用しているのだが、
全体として叙述は平板で、すべてがべた?っと並べられ、立体的にならない。

 これは、アリストテレス自身の思考の弱さ、体質的な実証主義の側面が
強く関係していると思う。実証主義は事実や現象にべた?っと寄り添うもので、
そこから身をひきはがし、屹立することが弱い。
プラトンのような飛翔する力は、アリストテレスには弱いのではないか。

 例えば、プラトン主義批判の23カ条などがそうだ。
いくらなんでも、もう少し整理して立体的に述べられないものか。
こうしたバカっぽいところがアリストテレスにはあると思う。

 しかし、そうした草稿類ではあるが、アリストテレスは体系家であり、
体系的に整理編集されて、「アリストテレス大全」にまとめられ、
今日に伝わっている。その中で、『形而上学』は、どこに位置づけられているのか。

 「アリストテレス大全」で、最初に来るのが予備学としての「論理学」だ。
これは、あらゆる学問研究に先だつ予備科目で、一般に正しく思考し
考えるための「道具」「方法」であるとされている。

 「論理学」に続いて、次には「本論」として、「理論学」と
「実践学」(倫理、政治)と「制作術」(弁論述、詩学)がおかれている。

 「理論学」がその中心だが、それは3部門あったようだ。
「自然学」と「第1哲学」と「数学」。「数学」は残っていない。

 「自然学」は、アリストテレスの最も得意とするものであり、
この研究をしたいからこそ彼は哲学者になったと言えるだろう。

 そして「自然学」の次におかれたのが『形而上学』である。
そもそも『形而上学』とは「自然科学の諸論文の次書」という意味からの命名だ。
それは「第1哲学」と呼ばれるが、自然に関する実証研究を理論化、一般化して、
世界の実体に迫ろうとしたものと言えるのだろう。

 以上から、「アリストテレス大全」における核心は『形而上学』にあることが確認できよう。

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(5)アリストテレスの問題への向き合い方

 『形而上学』を通読すると、人が本気で何かをしようとする時の覚悟が、
具体的につたわってくる。それは、哲学史(1巻)であり、
「難問集」(3巻)であり、「用語集」(「哲学辞典」5巻)である。

 アリストテレスは、巨大なテーマを前にしていた。
 そうした時に、人はどのように取り組めばよいのだろうか。

 アリストテレスはまず、その問題、対象に対する過去の考え方、
論争、論点を確認することから始める。それが哲学史の確認であり、
「難問集」としての論点の整理である。このテーマに答えるには、
どういった論点に回答できればよいかを、自分に対して確認しているのだ。

 その論点確認の際に、用語の確認、意味の分析と整理がどうしても必要になる。
「?には多くの意味がある」(9巻 下巻20ページ)からだ。それが「用語集」だ。

 このように、アリストテレスは哲学史の研究者から哲学者になった。
これが、自分の哲学を作るための「王道」だろう。ヘーゲルもそうだった。
それはプラトン主義を全面的に克服するための方法でもあったろう。
そして、哲学史を研究するには、当時の世界で、アカデメイアの書庫が、
最高の環境だったのではないか。

 巨大なテーマに取り組むと、道に迷い、自分を見失いやすい。
アリストテレスのような取り組みは、自分の方向性を、自分自身に
はっきりさせるために必要なのだ。こうして、アリストテレスは
問題の全体を見渡そうとする。この「全体」を把握しようとしたことが、
アリストテレスの圧倒的にすぐれた点であり、彼の体系性を生みだしていく。

5月 11

アリストテレスの『形而上学』から学ぶ

 アリストテレスの『形而上学』を、2011年の1月から3月の
 読書会のテキストに取り上げ、通読してみた。
 改めて、その巨大さに圧倒された。
 世間の言うアリストテレスとは、全く対極にあるアリストテレスを発見した。

 ■ 全体の目次 ■

(1)『形而上学』を読む観点
(2)アリストテレスとプラトン →その1

(3)「自然科学オタク」としてのアリストテレス
(4)アリストテレスの著作の読み方と、
   『形而上学』のアリストテレス哲学体系における位置
(5)アリストテレスの問題への向き合い方 →その2

(6)アリストテレスの「判断論」と「推理論」
(7)アリストテレスの「矛盾律」と「排中律」 →その3

(8)アリストテレス哲学の核心 全世界の発展における始まりと終わり →その4

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◇◆ アリストテレスの『形而上学』から学ぶ 中井浩一 ◆◇

(1)『形而上学』を読む観点

 アリストテレスの『形而上学』(岩波文庫版。ページ数はこれから)を
2011年の1月から3月の読書会のテキストに取り上げ、通読してみた。
20年以上も前に読んだことがあるが、当時のことはほとんど記憶にない。
対象が巨大すぎて、手も足も出なかったのだと思う。

 今回は、確認したいことがあり、そうした観点をもってのぞんだ。
 その分、今回は収穫があったように思う。

 アリストテレスとヘーゲルは、人類の哲学史上の2つの巨峰である。
ともに、それまでのすべての哲学が流れ込み、その後のすべての哲学が
そこから流れ出た。ヘーゲルは他の誰よりも、アリストテレスから学び、
アリストテレスを絶賛している。その核心部分を理解したかった。

 昨年、波多野精一著『西洋哲学史要』のアリストテレスの項を読み、以下を考えた。

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   アリストテレスのすごさとは何か。

   【1】個別と普遍(本質)の問題と、【2】変化・発展の問題と、
   【3】全世界の構造、神から物質までの階層、順番の問題。
   この3つの最も根源的な問題を、3つともにとりあげていることもすごいのだが、
   それらを1つに結びつけていることが、その圧倒的な高さだ。

   この【1】は誰もが問題にする。この【1】に対するアリストテレスの答えは
   並の答えで、すごいのは、この【1】と【2】とを結びつけて論じたことだ。
   【1】と【2】を、同じ事態の2つの側面としてとらえた。
   その結果、【3】を説明することができたのだ。
   ヘーゲルは、何よりも、ここから学んでいると思った。

    (以上「ヘーゲルとアリストテレス」メルマガ179号)

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 まず、この点を確認したかった。これが今回の最大の観点である。

 もう1点、確認したいことがあった。ヘーゲル哲学が、近代世界を
切り開いたものだと言われるのは、その「自我の内的二分」の考えによって、
全世界の中心に人間を置いたからだ。それはアリストテレス哲学ではどうだったのか。

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   アリストテレスには対象意識はあった。対象世界、その全体と
   その構造や最上位に君臨する神を、とらえていた。
   対象世界の中には、自然も精神(魂)も人間社会も含まれていた。
   人間社会では、法律も制度も道徳も国家体制もとらえていた。
   無いのは、自己意識(意識の内的二分)だけだ。

    (以上「ヘーゲルとアリストテレス」メルマガ179号)

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 この点も確認したかった。
 なお、以下の前提となる知識は岩波文庫下巻の解説による。

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(2)アリストテレスとプラトン  

 この確認作業の結果を述べる前に、改めて、アリストテレスの人生や、
歴史上の位置についても考えたので、それを最初に述べたい。

 アリストテレスは、紀元前384年ごろの生まれだという。これだけ古い時代に、
これほどの思想、思考レベルに到達していたことに驚く。

 アリストテレスとプラトン、この巨人二人の出会いは、アリストテレス17歳、
プラトン60歳の時。その後、プラトンが死ぬまでの20年間、アリストテレスは
プラトンの学園アカデメイアで修業を重ね、次第に頭角を現していた。

 しかし、プラトンの死後、学園の後継者(学頭)はアリストテレスではなく、
プラトンの血縁者(甥)だった。アリストテレスは独立し、自らの学園を作ることになる。
なぜ、後継者がアリストテレスにならなかったのかは、不明なようだが、
路線対立があったことは確かだろう。

 『形而上学』には、「1」や数学(ピタゴラス主義)とイデア論を
批判的に検討する部分が多く、全体の3分の1ほどある。
これは、アカデメイアで当時強まっていたイデア論の数学化、
神秘化への断固たる批判なのだろう。プラトン主義、そのイデア論についても
徹底的で執拗な批判が繰り返されている。

 しかし、こうした批判をする以前に、アリストテレスには
プラトンの下で学んだ20年間がある。したがって、批判は、
プラトンの下で学んだことを発展させるためのものであったと理解するべきだろう。
それがアリストテレスの発展の立場から、アリストテレス哲学を
理解することになるだろうから。

 アリストテレスが、プラトン(ソクラテスも)から学んだことは何だろうか。

 第1に、哲学する姿勢であり、第2にその能力であろう。
 現象ではなく、対象の「それ自体」としてのあり方(イデア論)を問うこと。
超感覚的なイデアの世界で考え、そこに生きること。
つまりたんなる現状肯定、現状追認ではなく、それを変革していくこと。

 そして、対象の「それ自体」(イデア)を考えるための方法と能力。
それはプラトンによって対話編として展開されるから、言葉の研究、
判断(定義)の形式の研究になっていく。その時に、その対象は、専門用語ではなく、
日常用語、生活の言葉や思考の形式であったことを改めて確認した。
そのことに新鮮な驚きがあった。

 例えば、『形而上学』でアリストテレスは「教える」ことの意味を次のように説明する。

  「また一般に、ひとが物事を知っているか知っていないかについては、
   そのひとがそれを他に教えうるか否かが、その一つの証拠になる。
   そして、この理由からするも、技術の方が経験よりも
   より多く学問〔学的認識〕であるとみなされる。
   けだし、技術家は教えうるが、経験のみの人々は教ええないからである」
   (1巻1章。上巻24ページ)。

 このように、「教える」という日常的な行為を取り出し、
その根源的で普遍的な意味を大きくとらえる捉え方に感心する。

 また、これに関連して、経験と技術(理論)の違いを他の箇所では次のようにとらえる。

 まず、経験家が個別のことにつては、理論化より、しばしば上手く
処理できることを認める。例えば、医術でも「(理論家が)概念的に
原則を心得ているだけであるなら、したがって、普遍的に全体を
知っておりはするが、そのうちに含まれる個々特殊については無知であるなら、
しばしばかれは治療に失敗するであろう」と述べるが、

 「しかし、そうは言うものの」と論を転じて、

  「『知る』ということや『理解する』ということは、経験によりも
   いっそう多く技術に属することであると我々は思っており、
   したがって、経験家よりも技術家〔理論家〕の方が、いっそう多く
   知恵ある者だと我々は判断している、このことは、「知恵」なるものが、
   いずれの場合にも、「知ること」の方により多く関するものであることを
   意味するのであるが、そのわけは、後者〔理論家〕は、物事の原因を知っているのに、
   前者はそうでないから、というにある。けだし、経験家の方は、
   物事のそうあるということ〔事実〕を知っておりはするが、それの
   なにゆえにそうあるかについては知っていない。しかるに他の人は
   なにゆえにを、すなわちそれの原因を、認知している」
    (1巻1章。上巻24ページ)。

 この「なにゆえに」つまり「原因」が実体であり、アリストテレスの研究対象になる。
こうした考えの進め方は、まさに「生活の中の哲学」そのものだ。

 当たり前のことだろうが、当時は、日常用語、生活の言葉と、
学術用語の区別がなかったのだ。哲学者も生活の言葉で考えている。
アリストテレスは、哲学用語をその言葉の生活面での使われ方から考えている。
それはさらに言えば、日常と哲学などの専門学術が分裂していなかったことを意味する。
アリストテレスの用語は、生活から地続きなのだ。

 その後、西洋でも両者は分裂するが、近代化の過程で日本などの「後進国」は
西洋の学問を輸入する過程で、この日常語と思考の言葉の間に完全な分裂が
起きている。この問題は、明治の夏目漱石らの先人達が押しつぶされそうに
なりながらも取り組んだ問題だが、私たち日本人には今も重くのしかかっている。

 さて、アリストテレスはプラトンから学ぶ一方で、プラトンを
激しく批判している。その批判点は何だったのか。

 それは、プラトンのイデア論では運動の説明ができないことにあった。
アリストテレスは、プラトンによって「自然についての研究は壊滅されるしかなかった」
(1巻9章。上巻67ページ)とまで言っている。

 アリストテレスの第1の関心は自然研究だった。
自然界には生成・消滅や変化があり、物理的な運動があるが、それが研究対象だった。
生物の世界、植物や動物の世界の分類、体系化がテーマだった。
ところが、それがイデア論では説明ができない。

 その限界を、イデア論を全否定するのではなく、イデア論を発展させることで
乗り越えることがアリストテレスの課題だったと思う。

 アリストテレスは、プラトンの死後、アカデミアを去って自分の学園を作った。
すでに40歳をすぎていた。ここからアリストテレスが自らの哲学を確立するための、
プラトンから真に自立するための、本当の闘いが始まったと思う。
そして、生涯をかけて自らの課題と取り組んだ。
そのアリストテレスの回答は『形而上学』にまとめられている。

5月 09

5月以降のゼミのスケジュールが決まりました。

関心のある方は、今から日程調整や、テキスト購入などの準備をしてください。

参加希望者は、前もって以下に申し込みください。
 読書会、文章ゼミ、月曜日のゼミなど、すべての参加費は1回3000円です。

なお、初めての参加者には、事前に「自己紹介文」を書いていただいています。

 1. 簡単な履歴(年齢、大学・学部、仕事など)
 2. 何を学びたいのか
 3. どのようにこの学習会を知ったのか、なぜこの学習会で学びたいのか
 
 などを書いて、以下にお送り下さい。
 E-mail:sogo-m@mx5.nisiq.net

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(1)5月以降の読書会と文章ゼミのスケジュール

読書会は、原則は午後5時から開始。7時からは、参加者の報告と意見交換の時間があります。
文章ゼミは午後5時開始です。

5月
   21日 読書会 

 6月
  4日 文ゼミ
  18日 読書会

 7月
  2日 文ゼミ
  16日 読書会

 8月
  18?21日(予定) 合宿

 9月
  17日 文ゼミ

 10月以降は未定。

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(2)読書会のテキスト

☆5月21日 読書会 

ヘーゲル『精神現象学』の「理性論」を翻訳で読みます。
 
範囲はヘーゲル『精神現象学』の第3部第5章「理性論」の第1節です。

テキストは牧野紀之訳、未知谷からの刊行版を使用します。購入するか、図書館でかりるなりしてください。

「理性」の段階とは、夏目漱石の「私の個人主義」(『漱石文明論集』岩波文庫に収録)でいうところの、他者本位から自己本位への大転換後の段階で、「先生を選べ」を自覚的に行っている段階と言えるでしょう。

☆6月18日 読書会

 テキスト:山田孝雄『日本文法学要論』(書肆心水)

日本語とは何か、言語とは何かを考えるシリーズです。
明治以降の日本語論で最高最大の功績を残しているのが山田文法です。それに取り組みます。
 テキストは高価なので、図書館で借りるなどしてください。
 必要箇所はコピーをお渡しする予定です(実費をいただきます。)

☆7月16日 読書会

 福沢諭吉の『文明論の概略』(岩波文庫)を読みます。
 これは日本の近代化を考える上での必須のテキストであり、政治、経済、文化などのあらゆる面での、日本の近代化の諸問題を考えるための、前提となるテキストです。
 明治時代のその諸問題が、実は、今の私たちの諸問題の根底に「未解決」のまま横たわっているのです。

これは、内容充実のテキストなので、数回に分けて読みたいと思います。

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(3)毎週月曜日のゼミは5月16日から開始します。

午後5時からはヘーゲルの原書講読で
『小論理学』の「概念論」を読みます。毎回3ページほどを読みます。

ドイツ語の初心者のために、午後3時からドイツ語の指導の時間もとっています。

午後7時からは、関口存男『定冠詞論』を毎回80?100ページずつ読みます。
5月は、第2編からです。
参加者にはテキストはコピーしたものをお渡しします。(実費をいただきます。)

4月 18

春の合宿の案内

新緑の美しい季節が来ますね。

その季節に、山梨県の八ヶ岳の麓の清里で、合宿を行います。
ヘーゲルの『精神現象学』の理性論を読み、各自の報告会や文章ゼミも行います。
一部だけの参加も可能です。
関心のある方は連絡ください。

(1)日程
 5月3日?5日 

(2) 学習メニュー
翻訳(牧野紀之訳 未知谷)でヘーゲル『精神現象学』の第3部第5章「理性論」の第1節を読みます。
晩には、文章ゼミ、報告会(現実と闘う時間)を行います。
そこで、基本文献(『生活の中の哲学』『先生を選べ』『ヘーゲルの修業』など)について説明し、一部は読みます。

合宿への参加希望者は、前もって以下に連絡ください。
 詳細をお伝えします。
ただし、初めての方は、事前に「自己紹介文」を書いて送ってください。

 1. 簡単な履歴(年齢、大学・学部、仕事など)
 2. 何を学びたいのか
 3. どのようにこの学習会を知ったのか、なぜこの学習会で学びたいのか
 
 などを書いて、以下にお送り下さい。
 E-mail:sogo-m@mx5.nisiq.net

4月 11

3月末を以て江口朋子さんがめでたく「修了」しました。

それをきっかけに、ゼミの原則を策定しようとしています。
これは、20代の若い方々に示す、これから10年の目標であり、人生の設計図です。

これらは、これまで江口さんや守谷君たちゼミの若い人たちを指導してきて、実際に問題に直面し、その都度、その問題解決をする中で確認されてきたものばかりです。年期が入っています。私と多くのゼミ生の血と汗と涙と、そして歓喜とでびっしりと裏打ちされています。ゆっくり、しっかり、噛みしめて欲しいと思います。

こうした原則は、文字面は理解できたとしても、すぐに「わかる」ものではありません。しかし、前もってその全体を示しておき、個々の場面で、この原則の意味を繰り返し考えてもらうことが大切だと思っています。

理念とは、そのようにしてしか理解できないし、そのような形でしか役立たないものだと思うからです。
理念はすぐにわかるものではなく、問題をすぐに解決できるものでもありません。しかし、それは、その人の人生の中に繰り返し現れてきます。その都度、その理念に触れることで、少しずつそれが感じられるようになり、その理解が進むのだと思います。そして、理念の理解が進むほど、自分と社会と世界の成り立ち、その問題とその解決の道筋が、シンプルな形ではっきりと見えるようなります。それが理念だからです。

したがって、これらの原則は、守るべき規則といったものではなく、自分の位置を確認する羅針盤のようなものです。そのように受け止め、その意味を繰り返し考えていって欲しいと思います。

■ 目次 ■

中井ゼミの原則 (特に20代の若い方々に)
1 目標 「自立」をめざせ
2 目標達成の方法、大きなプロセス 
3 親から自立せよ
4 「先生を選べ」 
5 「正しい学ぶ姿勢」を確立せよ
6 「民主主義者の原則」
7 立場の問題

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中井ゼミの原則 (特に20代の若い方々に)

1 目標 「自立」をめざせ
(1)「自立」とは何か
主体性の確立(=依存をしない)。
・自分のことは、自分で考え、自分で決め、自分で実行して、自分で責任をとる。
・親や「先生」や世間やマスコミなどに依存をしない。

(2)「自分とは何か」の答えを出せ。
「自分とは何か」の答えは、結局は「自分の人生のテーマ、人生の中心」に他ならない。
その答えは、10代、20代前半では、進路・進学で問われ、先生、友人、恋人などの選んだ人間関係で問われ、仕事のナカミで問われる

(3)目標2つ
?「自分の人生のテーマ、人生の中心」をしっかりと作る
?そのテーマを貫いて生き、テーマを実現するための能力と姿勢を身につける

※世間で良く言われる「テーマ探し」はダメ。探して見つかるような簡単なものではない。
「テーマ作り」「自分作り」という意識で取り組むべき

2 目標達成の方法、大きなプロセス 

(1)「テーマ作り」「自分作り」のための最大の障害が親の影響。
親からの直接的な働き掛けだけではなく、むしろ無自覚な親からの影響こそが、自立を妨げる。
そこで、10代、20代では、親からの自立が大きな課題になっていく。
  → 「親から自立せよ」

(2)自分のテーマ作りを達成できるような先生を選びテーマ作りに励む。その一方で親の価値観を相対化する
    → 「先生を選べ」「正しい学ぶ姿勢を確立せよ」

(3)選んだ先生の元で修業し、その先生の弟子たち(仲間)との研鑽を積み重ねる
→ 「民主主義者の原則」の理解と実行

以下、順にこれらの原則を示し、説明する

3 親から自立せよ

?親の言うことを、ただおとなしく聞く。(=依存そのもの)
?親に反撥、反抗する。(=依存の裏返し)

この?でも?でもダメ。

?両親の階層、価値観、生き方、知識と能力などを、徹底的に相対化、客観化し、自分のどこにどういった両親の影響があるかを自覚せよ

【解説】
本当の自由(自立)は必然性の自覚から生まれる。
自分が今あることの必然性とは、直接的には自分の両親(その出自、階層、価値観、生き方、知識と能力など)にある(間接的には全自然史、世界史、この人間社会にある)。
したがって、両親を客観的に深く理解しない限り、自分のことが理解できず、自立もできない。

人は両親の決定的影響を受けて成長し、無自覚にその影響下にある。表面的には「従順」でも「反抗」していても、同じである。親との一体化は骨の髄まで進んでいる。
できることはそれを自覚し、相対化し、その上で自分自身の生き方を選択すること。

これを押し進めるには「先生を選べ」の過程は不可欠

これは20代で終わらず、一生の課題でもある。
自分自身が結婚する(しないと決める)時に、
また親になって子どもを育てる時に、
自分はどんな原則で生きるのかを問われる。

4 「先生を選べ」 →牧野紀之「先生を選べ」「道場の3原則」を参照
(1)学ぶ目的をはっきりさせろ
(2)その目的にあった先生を選べ
(3)先生から徹底的に学んで、目的を達成せよ

※ 牧野の「道場の3原則」を少し変えてある。学ぶ側の主体性(目的の達成)を強調したことと、「先生に対する批判の禁止」を外し、むしろ積極的に「先生やゼミに問題提起をせよ」(「民主主義者の原則」の(3))とした点が違う。後者は、民主主義と集団的思考を徹底するためだが、「先生に対する批判の禁止」の本来の意図は、「学ぶ姿勢」の原則で「先生への反抗」を禁ずることで達成できると考える。

5 「正しい学ぶ姿勢」を確立せよ →牧野紀之「先生を選べ」を参照
「正しい学ぶ姿勢」、つまり「自分でやって先生の批評を聞く」を守り、実行せよ。
まず自分自身で考え、その考えを文章にしたり、実行して結果を出せ。その上で批評を受けろ。
質問・相談は、まず自分自身で考えをまとめてから、または実行して結果を出し、その意味を考えてからにせよ

※以下はいずれも間違いである。
?先生(親)の言うことを、ただおとなしく聞く。(=依存そのもの)
?先生(親)に不満を言ったり、反抗したりする。(=依存の裏返し)

6 「民主主義者の原則」
(1)自分について
自己反省と自己理解を第一とせよ
・ 他者についてあれこれ言う前に、自分自身を反省せよ
・ 他者を批判するときは、その批判点が自分に当てはまらないかどうか考えよ
・常に「自分とは何か」を第1に考えよ。
(2)他者との関係について
?他者への批判・疑問は、直接本人に言え
?他者からの批判・疑問・意見は、冷静に聴いて、よく考えよ
(3)自分に対して、他者に対して、全体に対して、常に問題提起せよ(「突っ込み」を入れろ)。中井やゼミへの対応も同様で、問題提起を奨励する。
 KYの逆をせよ

※感情的な言動への対応については別にまとめてある

7 1?6の原則に対する態度(立場の問題)
以上の1?6の原則に同意する必要はない。同意や反対をするには、その前にそれを理解することが必要になる。だから、この原則の意味を考えていくことだけが求められる。

1?6の原則の背景には、明確な立場がある。それは「発展の立場」(ヘーゲル哲学)である。このゼミは、この「発展の立場」からすべてのことを考えようとしている。
したがって、この立場の理解のために、前提となるいくつかの学習を求める。
牧野紀之やへーゲルや私の文章である。